宿題であるが、計画倒れがいかにして発生するかを生徒に体験させるためのものであるがゆえ、量が通常の数倍~数十万倍もの量が課される。 アメリカ等の欧米諸国は夏休みは(日本よりも長期間)あるものの、宿題はない、その分冬休みが少ない。 また、夏休みの宿題は生徒だけではなく教師をも宿題の確認という忙しい作業に追いつめるものであり、その存在意義が問われている。 なお、北海道では本州より夏休みの期間が短く、それでも学力が低いというのを口実に本州より多い宿題を出すので地獄である。
遊ばせないための作業手段ではあるが、後述通りにあまりにも低次元のものが多い。それに評価する教員も理解出来ないと魔女裁判になる。 高校ぐらいになると、部活があったり文化祭・体育祭セットを夏休み後にやらせておいて、「宿題の作業時間すら確保してくれない地獄」に陥れるので提出日調整でどうにかする場合もある。 もはや、本当の天才でない限りは、早稲田大学におけるレポートの写経作業と変わらないのが日本の教育機関なのだ。
一般に「夏休みの友」と呼ばれるが、皮肉にも子供達にとっては敵である。児童、生徒からは「夏休みの鬼」「夏休みの悪魔」と呼ばれている。 一部の例外を除き、課される科目は算数/数学,国語(漢字),理科、,社会が追加される。問題はほとんどが4月-7月(三学期制では第一学期)の範囲の復習となる。 量が多いため人気が無い。ドリルは、学校側が用意するケースが多いが、児童側で用意させるケースがある(後者は、教師が指定した科目のドリルを児童が書店などで購入することになる)。
たまに解答編が付いている場合、それをそのまま写すこともできる。(但し、正答率を落とす工夫をしたり、途中式を加えたりしなければならない) 解答編が付いていない場合でも、周りに優秀な友達がいれば、写すことができる(完全に同一の内容を写すと発覚する可能性が高い)。 消しゴムで消した跡を残したり、赤ペン等で線を引いておくと努力して解いた雰囲気を醸し出せる。
全て白紙のまま×だけをつけて出す最終手段があるが、先生の評価はがた落ちとなるため、あまりお勧めは出来ない。 遅れて出してもいい場合には、先に提出し返却されている友達の問題集を貰いホッチキスを外し表紙だけを入れ替えるテクニックもある。 しかし、これには技術を要する上に失敗すると取り返しのつかない事になる可能性がある。さらにその人の文字が自分と違う場合もばれてしまうことがある。 特に、平綴じ式は熟練した技術者でないと成功率が極めて低いので、中綴じ式の使用を勧める。
優秀な人材を確保できない場合は、仲の良い友人数名と落ち合い「お前6ページまでな。俺7~12ページからやるから」「じゃあ俺は残りの13~18ページやるわ」と各自の解く部分を決めて後は人数分写す等、問題集を総出で潰す方法もお勧めである。 なお、頭の悪い友人同士で分担を決めても、同じところに間違いがあるため、発覚する可能性大である。中学校以降は丸写しが発覚しても何も言われないことが多い。 ただし、先生からの評価と、夏休み明けのテストの点数はガタ落ちするので注意が必要。 成績が下がった場合、進路が危ぶまれるケースもある。 なお、「ドリルはドリルで穴が開きました」というシャレが通用するのは小学校までである。
学習内容を生徒の自由に任せる内容であり、一部の学校で採用されている。基本的にノート1冊を全部埋め尽くさなければならない。 書く内容としては絵日記、漢字、計算練習など。上記のドリルと併用されることもあり、その場合二重の苦しみを味わうこととなる。 ノートは行数の少ないものを選び(ただし、ノートそのものが配られることが多い)、ページの真ん中辺りを何枚か破って減らし、できるだけ大きな字で書くとよい。 ただし、あまり調子に乗って破きすぎてぺらぺらにしないよう注意すること。ばれる可能性が高くなる上、破きすぎるとノート自体の崩壊を誘発する危険性が高いためである。 また、大きな文字で書きすぎると3倍やらされることがあるので注意。先生によって必要以上に大きい字の境界線は違うので、ギリギリ許される程度を狙うことが重要となる。 その他、大きな挿絵を入れる、扉絵を設ける、といった対策がある。 お勧めするのは、教科書や参考書などをまる写しすることである。絵や図が描かれている理科関連の教科書や年表が書かれている歴史の教科書が好ましい。 図には色を付けるなどの工夫を凝らせば、教師は「よくやっている」と勘違いする確率が高い。
大きめのパンフレット型で、大体A4サイズの用紙3枚分ほどのスペースに7月20日あたりから8月31日あたりまでの約1ヶ月半分の細長い枠が描かれている。その日の天気を書き込む欄もある。 裏面には、「わたしの夏休み」などと称して生活リズムを夏休み開始前に学活の時間などに書かせられる。大抵の生徒は7時あたりに起床して22時頃に寝るという理想的な1日を書くが、そのほとんどは嘘っぱちであり、10時ごろに起きて23時頃に寝るような児童がほとんどである。 「何文字以上」という指定はないので、「今日はそうめんをたべました。おいしかったです。」とでも書いておけば十分である。しかし、宿題を8月31日に終わらせようとする児童のほとんどは夏休みの間何をしたのか細かい事を覚えていない場合が殆どであり、夏休み初日に「今日は家でねた」と記入し、その後の欄を全て「〃(以下同文)」記号で埋める輩もいるが、そういった日記は殆どの場合で再提出を求められる。
絵日記は、主に以下の二種類に分けられる。
また、近年では頻繁に更新している自身のブログのURLやFacebook・Twitterのアカウント名を記載し「続きはWebで」と提出したものの、喫煙や飲酒、不純異性交遊が発覚した例もしばしば報告されている。
工作において、一番早く終わらせる方法は去年の作品を提出することである。よほどまじめな教師でない限り気づかれることはない。 類まれなるセンスと技術があれば、一年生の時の作品を六年間使いまわすことも可能である。しかしあまりににもインパクトがありすぎると次に出すときに気づかれてしまうのでなるべく地味で目立たない物を作ることをお勧めする。
読書感想文は、課題図書ないし好きな図書を読んで感想を原稿用紙1-5枚程度で書く課題である(「3枚以内」と書いてあるという理由で1枚で終わらせてはならないので注意)。 しかし学校が指定する本は大抵が子供には難解且つつまらない本であり、そんな本を好んで読みたがる者はほぼ皆無である。その上感想を搾り出すという、計算等より難しいので、まさに拷問である。 この宿題は夏休みの宿題の中でも最も人気の無いものの1つであり、トップレベルの難易度である。多くの生徒が感想ではなくあらすじを書く症状に陥り、感想自体は楽しかった、面白かった、のみになる。 本の褒め言葉に付け加えて改善すべき点(例:登場人物の説明、言葉の言い回しなど)を書くともっと感想文らしくなるので使うと先生からはいい評価がもらえるケースが多い。 ただし「もっと子供が読みやすい本と選ぶべきだと思います」などと書いてはいけない、改善されることはないしムダに先生の怒りを買うだけだ。
また、これらの図書は、読書感想文を書く際には注意すべきである。そもそも読むべきではない。 しかしうまく書けば、「キン肉マン」の感想文でも教師を感動させることが出来る。なお、ごく稀にラノベの読書感想文でもかまわないという寛大な先生もいる。 あるいは、小説を読むのが面倒な人は、小説を漫画版にしたものもあるため、それを読んで感想を書くという手もある。 特に、小学校高学年から高校にかけては夏目漱石や太宰治などの純文学を課題図書としてくる場合が多いため、ネット上に山ほど転がっているあらすじや考察を参考にすることで攻略難易度を大幅に下げることが可能である。
なお、感想文を書く本と原稿用紙の枚数が規定されていない場合はマイナーな文庫本に載せられた解説文を丸写しするという荒業も存在するが、書きなれていない小中学生にはお勧めできない。同様に、小説の中には、あとがきが掲載されているものが数多く存在するので、あとがきを丸写しするという手法もある。 だが君の日頃の文章作成能力が著しく稚拙である場合は、バレる可能性が高いのでお勧めできない。できれば、そのあとがきを自分の言葉に噛み砕き、編集すれば君の国語の評価はうなぎ登り間違いなしだ。
このように、ドリル同様丸写しという手を使いにくいのは事実だが、様々な省力化の試みがなされている。原稿用紙5枚を本をパラパラと適当にめくった所だけで感想を書いて埋めた、という猛者もいる。
君が中学生、または高校生であれば初年度の感想文のコピーをとっておき、そのまま次年度以降も丸写しするという荒業もあるが、教師が同じであった場合は、バレる可能性がかなり高いので、その時は諦めて一から書くことをおすすめする。また、学校によっては、「読書感想文」よりもさらにグレードの高い作品論を要求するところもある。
多いものとしては、ヤクルトの空き容器・牛乳パック・わりばしを利用した工作、昆虫採集、貝殻の標本、押し花などが挙げられる。 工作であれば、宿題で容器が必要などの理由をつけ、親にジュースやお菓子を大量に買わせる口実にもなる。動植物の観察日記をつける生徒もいるが、結果は絵日記の項で述べた通りである。 最悪の場合、牛乳パックを切り、鉛筆立てを作ることを推奨する。少し斜めに切ったりシールや絵で彩ったりすると簡単に工夫したっぽく見える。
もっとも余程優れた作品でないと発表後に容赦なく廃棄されるのが定めである。ただ、くだらないことをやったとしても達成感は大きい。
自由ならやらなくてもいいじゃないかという声もあるが、あくまで「題材選択の自由」が認められているだけなので「無視する自由」「破棄する自由」(及び「それらを主張する自由」)は認められない。自由という概念に関して考察するには、うってつけの課題と言える[要出典]。
始業式前日(場合によっては当日)、死ぬ気でやっても終わらなかった場合は無い頭をひねって言い訳等を考えなければならない。居残りや親の学校呼び出しは生徒にとってなんとしても避けなければならないからである。
以下は主に使われる回避策の一覧である。