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EP5名場面集


「やかましいぞ。私は沈黙を尊ぶといつも言っている。」


だって、夏妃はそこで、ひとりぼっちで紅茶を飲んでるんだもの。
そして夏妃はひとりぼっちのティータイムを終える。
……他に観測者のない、夏妃だけの真実を汚されて。
夏妃の世界ではきっと、……茶化しが過ぎるベアトに呆れながらも、和やかなお茶会が終わり、解散となったはずなのだ。
しかし、暴かれた夏妃の真実は、…ひとりぼっち。
とぼとぼと立ち去る夏妃。
……ベンチには、一人分のカップしか、残されていなかった……。


「縁寿は残念だな。お腹、壊しやすいんだって?」
「らしいな。腸が弱いんだろうよ。しょっちゅう、下痢してるぜ。」
「うー。レディーにそーゆうの言うのいけない……。」
「いっひひひひ、それはすまねぇ。そうだよな、女の子のお尻からはマシュマロが出るんだもんな~。縁寿は体調が悪くて、マシュマロが水飴になっちまったわけだ。」
「それはさすがに、」
「下品が過ぎるね。」
譲治と朱志香が、戦人の左右の下腹部に、それぞれ、膝と拳を叩き込む。


「案外、戦人くんなら、ぽろっと解けちゃったりしてね。……もし、叔母さんのヒントで解けたなら、1割の半分でもいいから、分けっこしてね。約束よ♪」
叔母のはずなのに、思わずドキッとしてしまうような笑顔でウィンクをくれる。


「…………お前、性格悪いな。」
「おや。…………謎解きが好きという時点で、推理出来ませんでした…?………私、人が隠すことを暴くのが好きな、知的強姦者なんですよ?……碑文の謎解きもそうです。」


「そやそや!! お父さんを連れて来んかいッ!! あんたらじゃ話にならへん! ホンマの親族会議を始めようやないか!! 眠いから明日にしろっちゅう問題に見えまっかッ?! これ、舐めとったら偉い問題になりまっせ…! おう、聞いとるんかぃ!! お前らじゃ話にならんゆうとるんや!! とっととお父さん、連れて来んかいぃいいッ!!!」


「死んだはずの人間が歩きまわれるわけないものね? 集団妄想を見せる未知のウィルス、六軒島症候群の仕業とかァ。六軒島だけに住む謎の蝶の鱗粉に幻覚作用が~とかァ! 謎の秘密組織『山狗』が作った集団妄想を見せる未知の薬物プルプルピコプヨの仕業とかァ!! 素敵なトンデモ、いっぱい聞かせてよォ、きゃーはははははははははあはははははははははッ!!」


「……ただ碑文がそこに存在するだけで。古戸ヱリカはこの程度の推理が可能です。如何でしょうか? 皆様方。」


「嬉しいですって言ってほしいな、この人殺しめ。よくも潔癖な奥様面が出来るもんだぜ、反吐が出る。その反吐を、あんたの夫や娘にもぶちまけられたいかい? 嫌だろ? 黙ってて欲しいだろ? あぁ、黙っててやるよ、ほら、嬉しいだろ? 嬉しいだろッ?!」

「う、………ぅぅ、嬉しいです…嬉しいです…ッ!! だから、…やめて…。夫と娘に構わないで…! 何が要求ですか。お金ですか? いくらですかッ?!」

「カネなんか欲しくないよ。……俺の傷は、カネをいくら積んだって癒せないんだ。だが薬ならある。……そうだな。それは軟膏みたいなもんだ。……ねっとり、どろどろして糸を引く。…………それはあんたへの、…俺の恨み、……怨嗟だよ。…そいつを塗ってでしか、痛みが抑えられないんだよ…。」


「ふんふんふんふん♪ ぱんぱんぱんぱ~ん♪」
郷田は鼻歌を歌いながら上機嫌に、準備を進めるのであった。

そんな郷田を見ていると、それを手伝う紗音もつられて上機嫌になってしまう。
サラダを、ちょっと粋な盛り付けにして、郷田にどうかと見せてみる。

「こんな感じでどうでしょう。トマトの感じが、ちょっと可愛くなったと思います。」
「ん~~、実に良いですよ~! 紗音さんもなかなかわかって参りましたねぇ! ふんふんふんふ~ん♪」

「「ふんふんふんふ~ん♪」」

上機嫌な二人は、思わずハイタッチの真似などしてしまう。


「…………さぁさ、皆さんもご一緒に。三流ミステリーも三流スプラッターも、単独行動を取る人から死にますよ。……あぁ、いわんやこのゲームもまた然り。……ベアトってば三流だわ。くすくすくすくすくす…!」
あ、でも、三流パニックと三流アクションだけは、単独行動が生き残るのよね? おっかしい。くすくすくすくす!


「ノンノン。違います。………私の知る限り、ミステリー史で、もっとも死者が出る連続殺人は、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』の10人です。日本ミステリー界では、多分、島田荘司の『占星術殺人事件』ではないかと。まぁ、こっちは10人未満ですが。」
「……知ってましたァ? このまま13人死ぬと、世界ミステリー史で最悪の快挙、最高の名誉、13人連続殺人事件が完成するんですよ? それどころかもし、この島の全員を殺してしまったら。……何と、世界最高の連続殺人ミステリーと、日本最高の連続殺人ミステリーを足したよりも多い、歴史的快挙の連続殺人ミステリーが起こってしまうことになるかもッ?!……ねぇ、知ってました? 皆様方ァ?」
「この事件のハンニン、……全世界全歴史のミステリーを塗り替えかねない、とんでもない挑戦をしてるんですよ?……もちろんそんなの皆様方は、とっくに気付いてましたよねェ……?推理好きならクリスティは必読。日本人なら島田荘司は読破してて当然ですから。……皆さん、ホントに読書、足りてますゥ? くすくすくすくす、くっくくくくくくくくく………。」

「…………駄目だな。」
「へぇ………?」
「なら、お前もまだ、読書が足りてねぇぜ。」
「何か私、間違いを言いました…?」
 さっきまで一人、上機嫌そうに饒舌だったヱリカの表情は、睨みつけるような不快な表情に即座に変わる…。
「日本ミステリー界の話だが。……『占星術殺人事件』より、坂口安吾の『不連続殺人事件』の方が先だぜ。」
「…………………っ。…………………に。………人数、同じじゃないですか。」
「記録はタイだが、『不連続殺人事件』の連載開始は1947年だ。『占星術殺人事件』は1981年だぜ。……あんたくらい博識なら、『不連続殺人事件』を先に挙げるべきじゃなかったのかい。」
「…………ん、…………………く。」
 ヱリカは、憮然とした、…という表現では足りないくらいの形相で戦人を睨み、両腕をぷるぷると震わせながら、言葉を失っていた……。

「あっははははははっはっはっは、きゃーっはっはっはっはっはっはッ!! 何これダッサぁイ、超ウケルー!!」
「まー、仕方ないわよねぇ?『占星術』は、事件が起こるのが1936年だもんねぇ? それと混同しちゃったのよねぇ? うっひっひひっひひっひゃっはっはァア!!」
 ラムダデルタは、テーブルを両手でバンバンと叩きながら笑い転げる。
 屈辱に堪えていたベルンカステルも、唐突に噴出すと、同じようにテーブルを笑い転げながら叩き出す。
「ふ。……………くっくくくくくぁっはっはっはははははははッ!!オモシロイオモシロイ!!ぎーっひっひっひひひひひひひひィ!!………やるじゃない、戦人の駒。ぐぐっひっはっひゃっはっはっはっはっははははははははっはっはああぁああッ!!」


「……得意のスケートが、ハシゴ登りにどう役立つか聞かせて欲しいぜ…。……♪俺はぁ、イナ・バウア~、常に大ピンチ~…っとくらぁ。」


「アイゼルネ・ユングフラウは、あなたについての詳細な資料を600ページにまとめマシタ。それに常に目を通していますので、私も初対面の気がしマセン。」
「地獄の書記官なら600ページを6文字でまとめてみせるわ。」
「お伺いしマス。」
「“近寄るな危険”で6文字だ。」
「それは良きまとめデス。帰還しましたら、あなたの資料を、敬意を表して2文字を加え、8文字でまとめマス。」
「Executed。」
「………cuteとは、くっくっく!世辞が過ぎるぞ客人め…!」


済みデス済みデス済みデス。済み済み済みデスデスデスッ、済み済み済み済み済み済み済み済みデスデスデスデスデスデスデスデスッ、Die The death!Sentence to deathッ!Great equalizer is The Deathッ!!


「ど、どうして窓から自分で出るんですか、金蔵がッ!!!」
「この狂った晩に、雨天に飛び出すことくらいッ、酒の座興程度にしかならぬわ、私にとってはなッ!!!」
「でもここ、3階ですよ?! ありえませんッ!!!」
「そなたとて、階段を降りる時、1段くらい飛ばすこともあるであろう? 金蔵なら3階くらいは…!」
「やりかねませんな。」
「やりかねませんねぇ。」
「そッ、そんな、バッ馬鹿な……ッ!!!」


「謹啓、謹んで申し上げ奉るッ…!! なれば金蔵の窓よりの脱出を借りに認めようぞ…! ならば、外より閉められぬ窓の施錠は如何様にしたのかッ?! 窓は内側より施錠されていた!!
「…………駄目だなッ!」
「あぁ、全然駄目だ!!」

金蔵と戦人がニヤリと笑う!

そんな薄い赤で、戦人と金蔵の、二人の当主の突進を防げるとでも?


時が、爆ぜる。

二人は、中庭へ。

一方は舞い降りて。
一方は、宙を転げるように落ちていく。

そして、軽やかな音と鈍い音が一度ずつした。

……前者は、戦人が中庭に舞い降りた音。
後者は、ドラノールが中庭に墜落した音だ。

戦人はしばらくの間、しゃがみ込んだ後、………ゆっくりと立ち上がった。

3回から飛び降り、……まるで柵でも飛び越えた程度に、軽々と舞い降りて魅せたなんて……。

「ば、…戦人ぁあああぁあぁぁ………!!」
書斎の窓よりベアトが、翼を持たぬはずの戦人が無事に降り立てたかと身を乗り出す。

「ベアト!! 来いッ、飛べ!!」
「えッ……?!」
「その窓が俺たちの出口の扉だッ!……だから飛べ!! お前は密室に閉じ込められているような魔女じゃないだろうがッ!!」
もはや書斎は密室ではない。
ここより飛べる、逃げられる…!

今こそ、魔女を捕らえ窒息させて殺そうとする密室は破られたのだ。
「う、……うむ…!! き、金蔵も…!」
「行け。戦人が答えを見せた時点で、わしの魂はすでにこの密室を逃れておるわ。」
金蔵の姿が、黄金の蝶の群となって消える。密室結界が解け、魔法を否定する力も霧散していた。
ベアトは窓へ向かって走る。
……魔女狩りの密室の出口はそこしかない。
異端審問官の部下たちと、シエスタ姉妹を一瞥してから、満身創痍の体に鞭打ち、戦人がそうしたように、窓へ向かって走る。
その姿はまるで、鐘の音を聞きながら駆けるシンデレラのよう。

「に、逃がすもんですか、ベアトリーチェ、魔女幻想ッ!!」
 ヱリカは、駆け抜けるベアトにしがみ付こうと飛び掛るが、煙を突き抜けるようにすり抜け、床に顔面から転げてしまう。
……ニンゲンに魔女が捕まえられるはずも無い。
 愛なき彼女に、触ることの出来る道理などない…!

「シエスタ隊、魔女を撃ってッ! 撃ち殺してッ!!」
「照準、接触せず。発砲不可。」
「謹啓。戦人の青き真実を防げる結界の準備、当方になしなりや。」

シエスタ00もガートルードも、信じられないくらいに淡白にそう言い放つ。
「だ、誰にも止められないの? 戦人も? 金蔵も? ベアトリーチェも? こいつらが逃げ出したら、……わ、……私の、密室が推理が…!!
 この、……探偵、…古戸…ヱリカがぁ、 ぅううぅがあああああぁあああああああああッ! ぐぅおおぉおおおおおおおおごおおおおおおぉおおおぉおお!!!」
ヱリカは頭を掻き毟りながら、絶叫してうずくまる。
「天下の黄金の魔女が、ジジイのカビ臭い書斎如きで打ち破られてるんじゃねぇ!! まだ第一の晩だろうがッ! 新参どもに、お前のゲームが甘くないってことを思い知らせてやれッ!!」

ベアトも、戦人のように、……飛ぶ。
そして、雨粒の宝石箱の世界を、戦人の胸に飛び込むように舞い降りた。

……戦人は天使の羽を受け止めるように、彼女を両手で受け止めた。

それは、まるで……、騎士が、塔に捕らわれた姫君を受け止めたかのような、……まるでおとぎ話の中の一場面を再現した、美しき絵画のようだった…。

「………ヤッバイ。……惚れたわ。…右代宮家の当主って、こういうヤツらばっかなの?」
「右代宮金蔵の破天荒を記せば、……書斎の魔導書の数に負けぬ長い波乱の物語が書けるでしょうな。その次の当主の物語も、記す価値が大いにありそうだ。いえいえ、もう記しておりますとも。それはもう、長い長い物語に。……ぷっくっくっく。」
屋根の上で、傘を差した悪魔たちがくすりと笑う。そして、中庭の二人を静かに見下ろしていた。

「は、はっはっはははははは…。……お前、……やるなぁ……。」
「お前のゲームで、何回鍛えられたと思ってんだよ。」
 戦人の腕に受け止められたベアトは、唖然としながら、……珍しく戦人を讃える。

 戦人もいつものように、へらっと笑って見せた……。
「………こ、……こんなことが………、ありえない、ありえないッ!!。」
 窓より見下ろすヱリカは歯軋りしながら、なおも頭を掻き毟る。

ベアトを両腕で抱いたまま、戦人はにやりと笑い返してやる。
「ヱリカ。」
「……な、…何ですか…。」
「黄金の魔女の謎は、お前にはくれてやらねぇ。俺が解く。……こいつはな、俺たち二人の謎なんだよ。な、ベアト。」
「う、……うむ…! 妾の謎は、そ、……そ……。」
「そ?」
戦人が悪戯っぽく笑うと、ベアトは柄にもなく、赤面しながら、だけれども、吹っ切れたような表情で高らかに笑いながら言う。
「妾の謎は、…そ、………そなた、…そなただけのものだ…ッ!! 右代宮戦人! 他の誰にも解かせてはやらぬ…!!」
「へへっ、こいつめッ、ふざけたこと言いやがって…!!」
 ベアトが柄にも無いことを言い出したのが面白かったおか、戦人は思わず噴出してしまう。
 そしてベアトを腕に抱いたまま、ふざけるようにくるくると、円舞のように回った。
 
 舞い散る雨粒の宝石が、試練を打ち破った二人を祝福する……。


「皆さん、も、…もう一度聞きますけど。……こんなの、ありえませんよね? ニンゲンが3階の窓から飛び降りて、平然と降り立つなんて、そんなのあるわけがない…!!そうでしょう、みんな…?! ましてや、老体の金蔵さんが3階から飛び降りて見せるなんてッ!! こんなの推理じゃないッ!!」
 それに同意を得て、何とか仕切り直しを図りたいヱリカだが、……彼らの返事は、先ほどとわずかほども変わらない。
「いや、金蔵さんならありえますな。」
「親父ならやりかねねぇ。」
「お父様だものねぇ……。」
「武勇伝の多いお人や。それくらいじゃ驚きもせんで。」
「んな、………なッ、…………!!あ、…あんたたち、……頭も正気も、どうかしてんじゃないですかッ?!?!」
「いずれによせ、……あなたの密室議論は、完璧ではなかったわね。」
「ふ、……ぐぐぐぐぐぐぐぐ…ッ!!」
使用人だけでなく、親族たちも口を揃える。
金蔵なら、3階の窓から飛び降りても何の不思議はないと口を揃える。
い、一体、右代宮金蔵というのは、どういう人物なのか…!!
「まぁ、60点というところか…。若かりし日の金蔵なら、もう少し派手にやってみせるぞ。もう一捻り欲しいところだ。」
「ほぅ、どの程度に捻る?」
「そ、そのだな…。その、……わ、妾を抱いたまま飛び降りるくらいは、や、やりかねん!」
「わかった。次の機会には、抱いたまま飛び降りてやるぜ。」
「や、……やれるものなら、やってみよ…ッ。」


雷鳴の雨の中、右代宮家の次期当主は、書斎より見下ろす親族たちに対し、……それを誇示するかのように両腕を広げて見せるのだった…。

「………ようこそ、俺とベアトのゲームへ。歓迎するぜ。古戸ヱリカ……!」


「根拠がなくてもやり遂げると確信できる。それが、右代宮の当主ってモンにぇ…!」
「……にぇ。…だからあいつは、やると言ったにぇ。」


 するとそんなお通夜のような食事の最中に突然、ヱリカが、がばっと立ち上がる。何事かと一同が注目する。
 まるで、画期的かつ異常な発明を思いついたかのような、清々しさと狂気が紙一重の形相だった。
「……おい、どうした。大丈夫か…?」
「わかりました、わかりましたッ!! 私にわからないとお思いですか? えぇ、わかりますとも、そんな馬鹿なこと、あるわけがない…!」
 脂汗を浮かべた酷い形相で、ヱリカは戦人を睨みつけながら、そう捲くし立てる。
「………わかったって。……何がだ……?」
「あなたが、3階の書斎から飛び降りられるわけなんか、ないじゃないですか…! 私たちは誰一人、あんたが飛び降り、中庭に着地したところなんて見てないんですから…!!」
「…………………。」
あなたは中庭からハシゴを掛けて、3階の窓に留弗夫さんが上るのを見ていた時。その外壁の構造をよく観察し、雨どいなどをうまく伝えば、3階の窓から中庭に下りることは不可能じゃないと気付いたんです…! あなたは飛び降りてなんかいない! 雨どいなどを伝い、みっともなく外壁を這い下りたんですッ!!どうです、私の青き真実は!! さぁ、反論は?!」
「………反論って?」
「反論はない? ならば私の真実は有効ですね?! ほら見たことか!かっこつけて飛び降りたように見えたのは全て幻想!あんたはかっこつけて飛び出し、雨どいにしがみ付いただけなんです…!!
「………………。……あの時の論点は、祖父さまが書斎を脱出可能だったかどうか、だぜ…? そして祖父さまは窓から抜け出すことも可能だった。俺はそれを証明しただけだぜ。……飛び降りようが這い下りようが、それは変わらねぇはずだがな。」
「はぐらかさないで下さい!! ニンゲン風情が3階から飛び降りれるはずないんです…!! それ見たことかそれ見たことか…!! 如何です、我が主、我が推理…!!」
「……お前、疲れてんのか? メシくらい、落ち着いて食えよ。」

 3階の窓から飛び降りたなんて、誰も最初から信じていないのだ。……それを直接、目撃していなくても。だから、ヱリカが何を言い出し、何に拘っているのかわかりかね、怪訝な顔と白い目、そしてひそひそとした囁きを聞こえさせる……。
「反論できないでしょう?! あなたの飛び降りは否定された! 私の真実が勝ったんです!! 私の青き真実は有効です!」
「我が主、それをどうかお認め下さい!! 私は無能ではありません、失望もさせません…! 必ずやこのようにご期待に応えて見せますから、どうかお見捨てにならないで下さい!! 我が主…!!」
 天井よりさらに向こうにいるのかもしれない誰かに向かい、ヱリカは両手を広げてそう叫ぶ。

 そして、………それに応えたかのような、大きな大きな落雷が、すぐ近くに落ちる。ものすごい音だった。地響きさえ感じた。
 その音と同時に、ヱリカは、まるで操り人形の糸が全て千切れたかのように、カクンと脱力し、椅子に座り落ちる。そして、ゆっくりと元通りの風雨の音が部屋を満たすと、……まるで立ち眩みから目覚めたように、ヱリカはうっすらと目を開ける。すると、何事もなかったかのように、静かに食事を再開する。先ほどからずっとそうであるかのように、平然と。
 ……今、ヱリカは突然立ち上がって、おかしなことを捲くし立てなかったっけ……? 思わず、自問したくなるくらいに、ヱリカはさも当然のように、静かに食事を続けている。
 その平然とした様子に一同は、……自分たちが疲れてしまっていて、ヱリカが突然叫び出すような幻を見てしまったんだろうと、それぞれが自分を納得させてしまった。
 だから、ほんの数瞬前のヱリカの変貌ぶりは、白昼夢のような扱いとなり、すぐに全員の記憶から薄れていった……。ヱリカは、静かにサラダを突きながら、誰にも聞こえぬ声で呟く。
 ありがとうございます、大ベルンカステル卿……。我こそは古戸ヱリカ。我が主の駒にして分身。……必ずや、あなたのために最高の物語を献上してご覧にいれます。うっふふふふ……。


いずれにせよ、扉の向こうに誰もいなくても、ノックを聞かせる方法なんて、いくらでも考えられます…! いかがです? 我が主!我が推理…!!」
「立って下さい。片足で。」


「ヱリカちゃん、話を聞いてる? 私たちはこれから全体行動って決まったわ。私たちはまず、秀吉さんの遺体を客間へ運ぶ。探偵ごっこはそれからにしない?」
「……………………。」
 探偵ごっこという言葉に、ヱリカは露骨に表情を歪める。


「……まさか、その後、戦人のベッドに潜り込みに行ったとでも言うのかぁ? くっくくくく!
一晩中、戦人の寝顔を見て、いとこ部屋でのアリバイを確認していたとまで言うなら、認めてやってもいいがなぁ?」
「えぇ。一晩中、寝息を聞いていましたが何か?」
「……何だと……?!」
「私の部屋はいとこ部屋の隣です。薄い壁が一枚あるだけです。」
「ま、……まさか……。……そなたは、壁に耳をつけ、……いとこ部屋の様子をうかがっていたというのか…ッ。」
「はい。私の耳は完璧です。戦人さんが入室後、直ちに私は部屋の壁に耳を付け、何か異常が起こらないか、監視していました。」
「……あんた、戦人が悲鳴をあげる朝まで、何も起こらなかったと証明できると言ったわね…。……まさか、あんた…。」
「ハイ。朝まで一睡もせずに、壁に耳を付け、監視をしておりました。」
 ……………誰もが、…絶句する………。
 壁に耳を付けて、……そのまま朝まで、……ずっとずっと、戦人の部屋の様子をうかがっていたなんて……。
 それはどんな光景だろう……。
 夜が明けるまで、真っ暗な室内でじっと息を潜めて、いとこ部屋の壁に、じっとへばり付いている……。
 まるで不気味な毒蜘蛛が、暗闇の部屋の中でじっと壁にへばり付いているかのよう……。
 ベルンカステルだけが、にやにやと勝ち誇ったように薄ら笑う。
「……ゲームの進行上から、当主の指輪を受け継いだ戦人がキーマンになるのは読めていた。……私はてっきり、戦人が第一の晩の犠牲者だと思ってたわよ。」
「はい。ですから、我が主のお言い付け通りッ。……朝まで一睡もせずに、壁に耳を付け、異常が起こらないか監視をしておりました…!」


「……あんた。…まさか、ゲストハウスの全ての窓に、……お得意の封印をしたって言い出すの……?あの天気の中、……そのカッコで…?」
「一応、漂着時の水着持ってますので。」
「………イカれてやがるぜ……。…客人として迎えられた家で、まだ何も起こってないのに、あの雨の中、そんなことをして回るってのか……。」
「普通のニンゲンなら、絶対にありえない不審な行為です。……ですが、彼女は魔女の駒ですから。」
 ヱリカは、あの雨の中、ゲストハウスに外部から侵入できない、侵入されていないというアリバイを得るため、……外側から全ての窓に封印をしたのだ。
 自ら壁をよじ登り、……1階も2階も、全ての窓に。いや、侵入口となり得る、全てのものに。
 その異様な行為も、一睡もせずにいとこ部屋に聞き耳を立てていた彼女なら、想像できないことではない……。
 それもまた、……毒蜘蛛のように見えただろう。
 嵐のゲストハウス外壁を不気味に這い回る、おぞましい毒蜘蛛に……。


「………勝ち目はあるのか…。」
「……家に忘れてきた。取りに戻っていいか。」
「妾はすでに負けた身。……覚悟は出来ている。」
「……お前を殺すのが俺の約束だ。だから、俺以外のヤツがお前を殺すことを許しはしない。俺は約束を、絶対に破らない…!!」
「嘘だな。……そなたの約束など、妾はもう二度と信じぬぞ。」
「何? 俺がお前に、何の約束をして、何の嘘を吐いた…?」
「…………ふふふ、…くっくくくくくくく。……その、そなたの言葉で、妾は地獄を受け入れられるというもの。……ふっははははは、くっはっははははははははは…!! 殺せ、妾たちを! ベルンカステル、ラムダデルタ…!! ひゃっははははははははははははァ!!」


「………わ、私は夫を愛していました…!!」
「その発言を、赤き真実に昇華させる、証拠、証言の構築は出来ませんよね?」
「あ、……愛を語るにも、証拠がいるというのですか…?!」
「赤き真実以外は何も信じられません…!! 赤くない発言は何の証拠にもならない、何の信用も出来ない! 赤くない文字は全て、私を欺くための偽りです!! “愛してる”? 白い文字で愛を語られて、誰が信じるんですゥ? 赤くない言葉なんて、何も信用できないッ!! この世で信じられるのは、赤き真実と、それを得るためのに主に捧げる、供物の証拠品だけですッ!!」
「真実を語れぬ、嘘吐きニンゲンどもめッ!! 赤き真実なきニンゲンに、愛も心も真実も語る資格なんてないんです! 知ってました? 男はあなたたち女が思ってるほど馬鹿ではありませんよ? 男は、女の“愛している”なんて、本気で真に受けたりなんかしませェん…!」
「……可哀想な人……。本当に人を愛したことがないのね…。」
「探偵に恋愛は不要です。恋愛という単語など、殺人動機を示す以外で使用した覚えがありません。」
「あなたが何と言おうと、私たちは愛し合っていました…!! 私が愚痴ばかりを日記に記していたことは、夫にも謝らなければならないことです…! しかし私は夫に心を捧げていました…!! それは例え、証拠で示せなくても、……それが真実なんです!!」


夏妃。金蔵があんたの心に、片翼の鷲を刻むことを、いつ許したっての? あんたの妄想の中の金蔵の言葉でしょうが、それは。……本当の金蔵はね。生涯、ただの一度も! あんたを心の底から信頼したこともないし、あんたに紋章を許そうと思ったことも、ただの一度もないわ!

「この嘘吐き幻想が。本当の金蔵はそんなことを言わないわ。消えなさい。夏妃によって美化された、夏妃にとって都合のいい、夏妃の中の妄想の金蔵。

哀れな女。右代宮金蔵の信頼を、生涯、得られなかった真実を、今こそ正視しなさい。

「やかましいわ、消えなさいよ。夏妃のゲロカス妄想。」


「ありがとう、ヱリカ。……あなたのお陰で私は、病の辛さを当分の間、忘れることができそうだわ……。くすくすくす、うっふふふふふふはっはははははははははは! あなたは最高だわ。私の駒、私の分身、……そして私の可愛い娘。」
「も、……もったいないお言葉です…! 我が主…!!」
「ヱリカ、あなたに栄誉と褒美を与えるわ。……ベアトの最大の象徴である、あの大広間の肖像画。あれを外して叩き割り、その薪にてケーキを焼いて食べなさい。そして、残った額縁に、あなたの肖像画を掲げることを許すわ。」
「…あ、……ありがとうございます…! 最高の栄誉です…!」
「………ベアトリーチェの名前と痕跡のすべての抹殺、抹消。それが全て終わるまでの間、あなたにこの、閉じられた六軒島の主となることを命じるわ。」
「……奇跡の魔女、ベルンカステルの名において、その日まであなたに魔女の位を与えることを宣言するわ。……これよりあなたは、真実の魔女、ヱリカを名乗りなさい。」
「し、……真実の、魔女……!……あ、……ありがとうございますッ、我が主…!!この栄誉に恥じぬ一層の働きを誓います…!」


 ………ありがとう…。

 ……うそつき……。

 …さよなら……。

 そして………、

 …ごめんね。


 ワルギリアとドラノールが、くすくすと笑い合う。
 ……男ひとりに女が複数。
 話題は恋愛。

 ……おいおい、最悪のおちょくられフォーメーションじゃねぇか。


 犯人。犯行。動機。
 この3つの究極の謎の答えは、ヒントは、………必ずこれまでの物語の中に散りばめられているのだ。
 それはきっと、か弱く光るもので、……砂浜に落ちているビーズを探すようなものだろう。

 きっとある。

 ……だが、それを強く信じなければ、絶対に見つけられないくらいに、か弱い。

「謹啓。謹んで申し上げる。」
「………なんだ……。」

「物語を、……遡り給え。……今の汝には、真実のか弱き光を見逃さぬ眼が、与えられていると知れ。」
「…………今こそ、…………物語を……。」

「推理可能とは、信頼関係の先に、あるものと知り奉れ。」
「……あぁ、……知ってるぜ。…………いや、…今、ようやく気付いたのかもしれない。」

 それは、物語の中で、………何度も何度も、何度も何度も、……しつこいくらいに繰り返されてきた。

「……愛がなければ、……真実は、視えない……。」


 ウェルギリアスはダンテを、煉獄山に案内し、……山頂に待つ永遠の淑女、ベアトリーチェの下へ、連れて行く。

 だから、………その最深奥はきっと、底ではなく、………煉獄山の、山頂。

 永遠の淑女は、……そこでダンテを、……ずっと待っている……。

 そして、………俺は、……知る。


「このカケラの新しい領主は、右代宮戦人よ。… …くすくす、悔しい?ねぇねぇ、悔しい?! せっかく領主になれたのに、いきなり剥奪ッてどんな気持ち?!どんな気持ちッ?!」


「……………戦人、待っていマシタ。」
「待たせたな。」
「イイエ。あなたの帰りは、私の予想より早かったデス。」


「イエス、ユア、マジェスティ。………では、…少しお相手しましょうか。どうぞ、お嬢さん?」

「足元がお留守だわ、お嬢ちゃん。全てのゲーム開始時に、右代宮金蔵は死んでいる!

……あなたの推理も顧みるべきではありませんか? 金蔵は存在しません。よって、あなたの推理の、遺体消失が破綻します。

「我らは煉獄の七姉妹…!! 主の仇、思い知れッ!!」

「これが、魔女の闇を遊んだ報いです。……それを知りなさい、古戸ヱリカ…!」

「許せ、クソジジイ」
「越え行け、戦人。我が屍…!!」


この死体が右代宮金蔵の死体であると保証する…!!


夏妃伯母さんは純潔にして貞淑だ! 貴様ら好みの下劣な物語は許さないッ!!


 …………あなたのような男が世界にいてくれたナラ。
 どのような傲慢からも、か弱き真実を守ってくれたに違いナイ。

 もっともらしい真実が、か弱き真実を駆逐し、唯一の真実であると語る横暴から、……本当の真実を守ってくれたに違いナイ…!!
「借りは返した。……お前の父に敬意を。……十戒は傲慢でも批判でもなかった…!」
「ち、……父に、敬意ヲ……………。」


「な、……何やってるんですかッ、ドラノール!! 情けない、みっともないッ!! 間抜けなウスノロ殺戮人形ッ!! あんたは自分の父の名誉に泥を塗ったわ、恥知らずッ!! それでもミステリーの楔?! 魔法に屈するの?! そんなの、ミステリーの歴史が許さないッ!!」
「………お前こそ。……何もミステリーをわかってないな。……ミステリーが、相手を知的に見下すための凶器にしか見えてないなら。……お前に俺は、二度とそれを語らせないッ!!」
「……ば、………戦人ぁあああぁぁあぁ…ぁ……!!!」


「……あんたのプライドなんて知ったことじゃないわ。いつまでその無様な姿を晒す気なの。……私と同じ青い髪を許された分身が、……いつまでそこで磔になっているつもり……? 私自らがやはり降臨しなきゃ駄目なのかしら……。」
「………やはり駒なんていらないわ。あぁ、面倒臭い面倒臭い七面倒臭い…。駒なんていらないわ、捨ててしまおう、あぁ、残念無念失望絶望期待外れの的外れ…!!……早くしなさいよ、屑がッ!! お前のそのみっともない推理を修正しろって言ってんでしょうッ?!?!」
「ふッ、……あぅ…ッ…、……は、はい、我が主…!! 修正いたします…、我が推理を修正いたしますッ…!! くぅうううううううううううぅううッ……!!」


「………我が主……。………ぬ、……抜けました………。…我が推理は、完璧です……。」
「どこが? 無様この上ないわ。………でも許してあげる。あんたのその顔と推理が、とッても情けなくて笑えるからッ。くっすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくす!!!」
 主に醜い形相で嘲笑われるヱリカ。
 床を掻き毟りながら悔し涙を零す。
 その前に、庇うように手負いのドラノールが歩み出て、ベルンカステルと、そして戦人に言う。
「……どれほどみすぼらしかろウト。……修正されたヱリカ卿の真実は、有効デス。」
「あぁ、そうだ。俺の真実に関係なく、お前の真実も同時に存在する。……それが、この世界だ。誰にも否定できないから、いくつでも、どんなに相互が矛盾しても、それらの真実は同時に存在できる。ここでは、想像の数だけ真実があっていいんだ。それを、誰も一方的に否定してはならない…!」
「ハイ、そうデス。……ヱリカ卿の真実は、私が誰にも否定させマセン。」
「ド、……ドラノール………。」
「このドラノールある限リ。その真実をお守りいたしマス。……どんなにみすぼらしくとも、私はその真実を嘲笑いはしマセン。」
「ぅ、……うううぅううううううぅぅ!!」
 ……見下していたドラノールの言葉に、ヱリカは床を再び掻き毟って嗚咽を漏らす。
「そして。唯一の真実が存在しない限り、全ては闇の底だ。……即ち。俺の推理もヱリカの推理も、否定不能であると同時に唯一の真実でもない。否定できないが、絶対でもない、あやふやなものだ…!! 
 確定しない以上、魔女幻想はまだ存在してる。………それを暴くことが許されてるのは、ヱリカでなければ貴様らでもない。……この俺だけだッ。俺以外に、ベアトリーチェの魔女幻想は暴かせないッ!!!」


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  • 「…………さぁさ、皆さんもご一緒に。三流ミステリーも三流スプラッターも、単独行動を取る人から死にますよ。……あぁ、いわんやこの世界もまた然り。……ってば三流だわ。くすくすくすくすくす…!」 -- 2010-07-10 (土) 11:17:44
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