立岡宗一郎

日本の野球選手 (1990-)

立岡 宗一郎(たておか そういちろう、1990年5月18日 - )は、熊本県葦北郡田浦町(現:芦北町)出身のプロ野球選手外野手育成選手)。右投左打。読売ジャイアンツ所属。

立岡 宗一郎
読売ジャイアンツ #039
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 熊本県葦北郡田浦町
(現:芦北町
生年月日 (1990-05-18) 1990年5月18日(33歳)
身長
体重
181 cm
82 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2008年 ドラフト2位
初出場 2010年8月15日
年俸 2200万円(2024年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

経歴 編集

プロ入り前 編集

芦北町立田浦中学校では軟式野球部に所属し、投手として出場した熊本県大会で優勝、九州大会では準優勝。中学生にして球速130km/h中盤を記録。野球以外にも陸上短距離選手として多く入賞している。鎮西高等学校では松井稼頭央への憧れから野手に転向し[2]、1年春からベンチ入り。3年次は主将を務めたが、最高成績は県大会優勝で、全国大会出場はない。

走(50m走:5秒9)、攻(高校通算28本塁打)、守(遠投110m・速球の最速147km/h)三拍子揃った逸材として「秋山幸二2世」「新庄剛志2世」と注目を集め[3][4]2008年ドラフト会議において、福岡ソフトバンクホークスから2巡目で指名され入団。外野手としての指名だったが、入団前に遊撃手へのコンバートを志願した[5]

ソフトバンク時代 編集

2009年は一軍公式戦出場はなく、ウエスタン・リーグで61試合に出場して、打率.222・2本塁打だった。秋のキャンプでは王貞治会長から打撃指導を受けた[6]

2010年8月14日に一軍初昇格を果たすと、翌日の北海道日本ハムファイターズ戦(福岡Yahoo!JAPANドーム)9回裏に小久保裕紀の代走として初出場。一軍を経験させるのが目的だったこともあり[7]、翌日に登録抹消された。

巨人時代 編集

2012年6月13日にレビ・ロメロ福元淳史との交換トレードで、久米勇紀と共に読売ジャイアンツ(巨人)へ移籍。背番号は58となった[8]。巨人に移籍直後の7月10日、二軍イースタン・リーグ)の東北楽天ゴールデンイーグルス戦の守備で味方と交錯し左肘靭帯断裂[9]。肘の痛みから右打席でバットを振れなくなったため、9月にこれまでの右打ちから左打ちに転向した[10]。それまで左打ちは中学時代に多少経験があるだけだったが、秋のフェニックスリーグでは打率3割を記録した[11]

2013年は二軍で主に1番打者として起用され打率.296を記録し[12]、5月14日に移籍後初の一軍登録[13]。5月15日の対千葉ロッテマリーンズ戦で益田直也からプロ入り初安打を記録した[14]。5月24日、右打ちから両打ちに登録を変更した[15](実際に打つのは左打ち)。7月2日の対阪神タイガース戦(阪神甲子園球場)では、延長11回表二死満塁で押し出し四球を選び、首位攻防戦の初戦の勝利に貢献した[16]。最終的に、46試合出場、打率.203、0本塁打、7打点、1盗塁を記録。オフに、400万円増の推定年俸1000万円で契約を更改した[17]

2014年は出場機会が激減した(2試合)。秋にはフェニックス・リーグに参加した。12月24日、翌シーズンから外野手登録となることが発表された[18]。オフに、100万円減の推定年俸900万円で契約を更改した。

2015年、5月下旬に一軍初昇格を果たすと、5月の22打数だけで9安打を打ち首脳陣の信頼を掴んだ。チーム打率がセ・リーグ最下位に沈む中[19]、後半戦は中堅手のスタメンに定着し、8月には月間打率4割を記録し、月間MVP候補にも選ばれていた[20]。最終的に、339打数と規定打席未到達ながら打率.304、0本塁打、14打点、16盗塁を記録し、飛躍の年となった。オフに、2700万円増の推定年俸3600万円で契約を更改した[21]

2016年から公式のプロフィールが両打ちから左打ちに変更されたが、将来的にスイッチヒッターに挑戦する意欲を示している[22]。3月29日の対横浜DeNAベイスターズ1回戦(横浜スタジアム)で、今永昇太からプロ初本塁打を打った[23]。左脇腹の故障の影響で51試合の出場に留まり[24]、打率.229、2本塁打、9打点、9盗塁を記録。オフに、700万円減の推定年俸2900万円で契約を更改した[24]

2017年は、FA加入した陽岱鋼が故障で出遅れたこともあり、開幕から中堅手で先発出場を続けたが、打率は前年同様2割前半と結果を残せず、陽の復帰後はシーズン終了までほとんど二軍暮らしに終わった。最終的に、62試合出場、打率.208、0本塁打、10打点を記録。盗塁は成功4回に対して失敗5回と課題を残した[25]。オフに、現状維持の推定年俸2900万円で契約を更改した[25]

2018年は、9月23日の阪神戦で藤川球児から勝ち越し適時打を打ちヒーローインタビューを受けたものの、前年を下回る42試合出場、スタメンの機会を減らし60打席に終わり、打率.231、0本塁打、5打点、4盗塁を記録。オフに、500万円減の推定年俸2400万円で契約を更改[26]。背番号が39に変更されることが発表された[27]

2019年は外野手に丸佳浩がFA加入、亀井善行もレギュラーに定着し、石川慎吾重信慎之介、代走要員では増田大輝の台頭もあり25試合の出場に留まり、打率.286(14打数4安打)、0本塁打、1打点、3盗塁を記録。オフに、400万円減の推定年俸2000万円で契約を更改した[26]

2020年、2月24日のオリックス・バファローズとの二軍練習試合の打撃中に右手首を痛めて交代[28]。2月29日に右手有鈎骨骨折が発表され[29]、3月上旬に骨片を取り除く手術を受けた[30]。9月12日に重信慎之介と入れ替わる形で、シーズン初昇格[31]。最終的に、29試合出場、打率.261、1本塁打、4打点、1盗塁を記録。オフに、300万円減の推定年俸1700万円で契約を更改した[32]。シーズン中の7月7日には一般女性と入籍した[33]

2021年、9月15日のDeNA戦で9回表からプロ13年目で初となる一塁手として守備に就いた[34]。最終的に47試合出場で打率.205にとどまったが、オフに300万円増となる推定年俸2000万円で契約を更改した[35]

2022年、4月9日のヤクルト戦で梅野雄吾からプロ14年目で初のサヨナラ本塁打を放った[36]。6月9日の西武戦で9回の外野守備で飛球を追った際に丸佳浩と交錯して倒れ込み、立ち上がることができず途中交代。翌10日、左膝前十字靱帯損傷により登録抹消され[37]、同月末に都内の病院で再建手術を受けた[38]。オフに350万増となる推定年俸2350万円で育成再契約を行い[39]、12月14日、翌年からの背番号が039に変更となった[40]

2023年、7月16日の三軍戦で1年1か月ぶりに実戦復帰を果たす。シーズン中の支配下復帰はならなかったものの、外野守備兼走塁コーチの亀井善行からは「立岡は(来季)34歳になるけど、まだできると思うんですよね。信頼があって、安定感があるんで、(チームには)大きい存在になるとみてます」と、翌年新監督の阿部慎之助も「まだまだ戦力」と、首脳陣から復帰に期待をかけられており、秋季キャンプにも参加した[41]。育成選手制度の規定により一度自由契約になったのち、150万円減となる推定年俸2200万円で育成再契約を結んだ[42]

選手としての特徴・人物 編集

俊足巧打が魅力の外野手[43]。高い身体能力を誇り、30代を超えた後も短距離走のタイムが向上している[33]。立岡は「自分は打つより足が武器。バッテリーや内野の守備に『嫌だな』と神経を使わせる役になれれば」と語っている[44]

趣味は釣りで、ホークス時代には同じ趣味の馬原孝浩へ「弟子入り」を志願。また、川﨑宗則にも弟子入りを志願し、川﨑からは「来る者は拒みませんよ。共に名前に『宗』の字があるから『ムネリンズ』やね」と歓迎された[45]

いとこにフリーアナウンサーの成田香織がいる[46]

語感が似ていることから、「タピオカ」「タピ」と呼ばれている[47]

矢野顕子が2015年に行った『さとがえるコンサート』では1977年に発表した「行け柳田」を披露("巨人史上最強の五番打者"と評された柳田真宏をテーマに、1番から8番までのオーダーが歌詞になった楽曲)。間奏では、現在のオーダーをよく知らないという矢野のために糸井重里らが考案したオーダーのトップバッターとして立岡が紹介された。[要出典]

詳細情報 編集

年度別打撃成績 編集

















































O
P
S
2010 ソフトバンク 1 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- ---- ---- ----
2013 巨人 46 77 74 5 15 1 2 0 20 7 1 0 0 0 3 0 0 15 0 .203 .234 .270 .504
2014 2 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
2015 91 367 339 36 103 9 3 0 118 14 16 6 3 3 18 0 4 61 2 .304 .343 .348 .691
2016 51 209 188 15 43 6 1 2 57 9 9 3 6 0 10 0 5 31 1 .229 .286 .303 .589
2017 62 214 197 24 41 3 3 0 50 10 4 5 6 0 11 0 0 43 1 .208 .250 .254 .504
2018 42 60 52 10 12 0 0 0 12 5 4 0 0 0 7 0 1 11 2 .231 .333 .231 .564
2019 25 16 14 4 4 2 0 0 6 1 3 0 0 0 2 0 0 4 0 .286 .375 .429 .804
2020 29 27 23 5 6 0 1 1 11 4 1 0 0 0 4 1 0 6 1 .261 .370 .478 .849
2021 47 47 44 2 9 0 0 0 9 1 0 0 0 0 3 0 0 7 0 .205 .255 .205 .460
2022 54 57 54 11 11 1 0 1 15 3 3 0 0 0 3 0 0 10 0 .204 .246 .278 .523
通算:11年 450 1076 987 113 244 22 10 4 298 54 41 14 15 3 61 1 10 189 7 .247 .297 .302 .599
  • 2023年度シーズン終了時

年度別守備成績 編集



一塁 二塁 三塁 外野
















































2013 巨人 - 24 26 46 2 6 .973 11 3 2 3 0 .625 16 11 0 0 0 1.000
2014 - - - 2 0 0 0 0 ----
2015 - 19 32 28 2 4 .968 6 3 1 0 0 1.000 75 117 1 0 0 1.000
2016 - - - 48 89 3 2 1 .979
2017 - - - 57 76 2 0 0 1.000
2018 - - - 28 25 1 0 0 1.000
2019 - - - 19 10 0 0 0 1.000
2020 - - - 24 18 0 0 0 1.000
2021 2 4 2 0 1 1.000 - - 29 17 0 1 0 .944
2022 - - - 44 27 3 1 2 .968
通算 2 4 2 0 1 1.000 43 58 74 4 10 .971 17 6 3 3 0 .750 342 390 10 4 3 .990
  • 2023年度シーズン終了時

表彰 編集

記録 編集

初記録

背番号 編集

  • 7(2009年 - 2011年)
  • 68(2012年 - 同年6月12日)
  • 58(2012年6月13日 - 2018年)
  • 39(2019年 - 2022年)
  • 039(2023年 - )

登場曲 編集

代表歴 編集

脚注 編集

  1. ^ 巨人 - 契約更改 - プロ野球”. 日刊スポーツ. 2023年11月30日閲覧。
  2. ^ 鎮西立岡、魅せた!走攻守 熊本大会”. 日刊スポーツ (2008年7月12日). 2021年3月27日閲覧。
  3. ^ 5年目の立岡抜てき!原監督賞賛「できる人」二塁先発あるぞ」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン、2013年5月14日。2013年5月14日閲覧。
  4. ^ 【巨人】立岡、両親と一時音信不通 熊本地震故郷のために「いい報告ができれば」」『スポーツ報知』報知新聞社、2016年4月16日。2016年4月16日閲覧。オリジナルの2016年4月18日時点におけるアーカイブ。
  5. ^ ソフトB2位立岡「ショートやりたい」”. 日刊スポーツ. 日刊スポーツ新聞社 (2008年10月31日). 2021年6月27日閲覧。
  6. ^ ソフトB2年目・立岡に“王のお言葉””. 日刊スポーツ. 日刊スポーツ新聞社 (2010年2月9日). 2021年4月24日閲覧。
  7. ^ 立岡代走で緊張のプロ初出場!”. 日刊スポーツ. 日刊スポーツ新聞社 (2010年8月16日). 2021年4月24日閲覧。
  8. ^ 巨人・ロメロ&福元とソフトバンク・久米&立岡のトレード成立”. スポーツニッポン (2012年6月13日). 2021年3月27日閲覧。
  9. ^ 衝撃のブレイクから6年…“2軍でチャンスを待つ”巨人・立岡宗一郎「31歳の生き様」(中溝 康隆) @gendai_biz”. 現代ビジネス (2021年6月2日). 2022年1月18日閲覧。
  10. ^ 【巨人】立岡は左肘故障で左打者転向”. 日刊スポーツ. 日刊スポーツ新聞社 (2012年11月15日). 2021年4月24日閲覧。
  11. ^ 巨人立岡プロ初安打 右打者が左でV呼ぶ”. 日刊スポーツ. 日刊スポーツ新聞社 (2013年5月16日). 2021年6月27日閲覧。
  12. ^ “新庄2世”立岡、昇格即先発も」『スポーツ報知』報知新聞社、2013年5月14日。2013年5月14日閲覧。オリジナルの2013年5月14日時点におけるアーカイブ。
  13. ^ 故障で左打者に転向した苦労人 巨人・立岡が不動のレギュラーを目指す!”. BASEBALL KING (2016年2月21日). 2022年1月18日閲覧。
  14. ^ a b 立岡 執念のプロ初安打「打っていいと言ってくれた監督に応えたかった」」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン、2013年5月16日。2013年5月17日閲覧。
  15. ^ 故障で右打席“封印”の巨人・立岡、両打ちに登録変更」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン、2013年5月24日。2013年5月24日閲覧。
  16. ^ 巨人 阪神戦連敗止めた!延長11回押し出しで勝ち越し 3・5差に」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン、2013年7月3日。2013年7月3日閲覧。
  17. ^ 立岡、1000万円で契約更改 来季は「出塁率と盗塁にこだわり」”. スポーツニッポン (2013年12月25日). 2021年3月27日閲覧。
  18. ^ 打席、守備位置変更のお知らせ”. Yomiuri Giants Official Website (2014年12月24日). 2021年3月27日閲覧。
  19. ^ 2015年度 セントラル・リーグ セントラル・リーグ チーム打撃成績”. NPB. 2022年1月18日閲覧。
  20. ^ 8月の月間MVP候補選手が発表!”. BASEBALL KING (2015年8月21日). 2021年3月27日閲覧。
  21. ^ 巨人立岡「びっくり」4倍増、オフもびっくり宣言”. 日刊スポーツ (2015年11月25日). 2021年3月27日閲覧。
  22. ^ 【巨人】立岡が「両打ち」プラン明かす!理想は稼頭央のパンチ力”. スポーツ報知 (2016年1月26日). 2016年1月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月24日閲覧。
  23. ^ a b 巨人立岡がプロ初本塁打「たまたまですよ」”. 日刊スポーツ (2016年3月29日). 2022年4月9日閲覧。
  24. ^ a b 巨人・立岡、700万円ダウン「ケガせず1年間やりたい」”. スポニチアネックス (2016年11月30日). 2021年3月27日閲覧。
  25. ^ a b 巨人・立岡は現状維持の年俸2900万円でサイン「成績を安定させたい」”. デイリースポーツ (2017年11月27日). 2021年3月27日閲覧。
  26. ^ a b 巨人立岡400万円減でサイン「もっと打たなきゃ」”. 日刊スポーツ (2019年11月26日). 2021年3月27日閲覧。
  27. ^ 巨人立岡300万減 丸加入で競争 背番58→39”. 日刊スポーツ (2018年12月11日). 2021年3月27日閲覧。
  28. ^ 巨人立岡が2軍戦で途中交代 打撃中に右手首負傷”. 日刊スポーツ (2020年2月24日). 2021年3月27日閲覧。
  29. ^ 【巨人】右手骨折の立岡、手術が無事終了 G球場でリハビリ組に合流”. スポーツ報知 (2020年3月6日). 2021年3月27日閲覧。
  30. ^ 【巨人】山下航汰、坂本以来10代開幕スタメン絶望的 右手有鈎骨骨折で全治1~2か月”. スポーツ報知 (2020年5月22日). 2021年3月27日閲覧。
  31. ^ 【巨人】立岡宗一郎が1軍合流へ 今週2軍4戦で11の7、打率6割3分6厘 重信慎之介が2軍合流”. スポーツ報知 (2020年9月12日). 2021年3月27日閲覧。
  32. ^ 巨人・立岡は300万円減でサイン 自主トレは坂本勇人主将に弟子入り”. スポーツニッポン (2020年12月9日). 2021年3月27日閲覧。
  33. ^ a b 巨人・立岡が結婚! お相手はアパレル店の元敏腕店長”. サンスポ (2021年7月8日). 2022年5月11日閲覧。
  34. ^ 【巨人】立岡宗一郎がプロ13年目で初のファースト守備”. スポーツ報知 (2021年9月15日). 2021年9月19日閲覧。
  35. ^ 巨人立岡宗一郎300万増 来季は「走っていきたい」松原と自主トレ”. 日刊スポーツ (2021年12月14日). 2022年4月10日閲覧。
  36. ^ 【巨人】立岡宗一郎サヨナラ弾でセ最速10勝 大勢がプロ初勝利、延長の10回を3者凡退斬り”. 日刊スポーツ (2022年4月9日). 2022年4月9日閲覧。
  37. ^ 巨人・西武戦で負傷の立岡は左膝前十字靱帯損傷で抹消、八百板を登録 阿部コーチが腸炎から復帰”. デイリースポーツ online (2022年6月10日). 2022年6月10日閲覧。
  38. ^ 【巨人】立岡宗一郎、左膝前十字靱帯再建手術受け無事終了 退院後、故障班でリハビリに入る予定」『日刊スポーツ』、2022年7月1日。2023年10月31日閲覧。
  39. ^ 【巨人】来季プロ15年目の立岡宗一郎 年俸2350万円の育成契約で再出発”. スポーツ報知 (2022年12月6日). 2024年2月6日閲覧。
  40. ^ コーチ、選手の背番号追加・変更について”. 読売巨人軍 (2022年12月15日). 2022年12月14日閲覧。
  41. ^ 「背番号3桁なんで・・・」巨人の立岡宗一郎 去年6月に前十字損傷もコーチからは絶大な信頼」『日テレNEWS NNN』、2023年10月30日。2023年10月31日閲覧。
  42. ^ 【巨人】来季16年目の育成・立岡宗一郎、150万減の2200万円で契約更改「亀井さんになりたい」」『スポーツ報知』、2023年11月30日。2023年12月6日閲覧。
  43. ^ キャンプ1軍をつかんだG即戦力新人たち それぞれに待ち受けるライバルは?”. Full-Count (2016年1月16日). 2022年5月11日閲覧。
  44. ^ 巨人 立岡宗一郎外野手・日に日に存在感は増すばかり | 野球コラム”. 週刊ベースボールONLINE. 2022年5月11日閲覧。
  45. ^ ソフトB川崎、立岡の弟子入り志願を歓迎」『』日刊スポーツ新聞社、2008年12月12日。2021年4月24日閲覧。
  46. ^ Instagramと花想い地蔵”. 直球勝負! 大澤広樹 (2015年8月30日). 2021年9月19日閲覧。
  47. ^ 巨人阿部2軍監督「アベンジャーズ」個性豊かに勝負”. 日刊スポーツ (2021年2月4日). 2021年3月27日閲覧。

関連項目 編集

外部リンク 編集