X JAPAN
日本のロックバンド
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X JAPAN​(エックスジャパン)は、​日本​の​ヴィジュアル系​ロック​バンド​[3]​。旧称および通称は​X​(エックス)。
X JAPAN

ニューヨーク・コミコン​の記者会見にて(​マンハッタン​、2014年)
基本情報
別名X(旧バンド名)
出身地
日本 千葉県館山市
ジャンルヴィジュアル系​[1]​ヘヴィメタル​[1]​[2]​スピードメタル​[1]​[2]​パワーメタル​[2]​シンフォニックメタル​[2]​オルタナティヴ・ロック​[1]
活動期間
レーベル
事務所
共同作業者
公式サイトX JAPAN公式サイト
メンバー
旧メンバー
#旧メンバー」を参照
1982年​に当時高校生だったYOSHIKIとTOSHIを中心に彼らの出身地でもある​千葉県​館山市​で結成。その後上京し、幾度のメンバーチェンジを経て​1989年​にXとしてメジャーデビュー。​1992年​にX JAPANに改名。​1997年​9月22日​に解散を発表し、同年​12月31日​にラストライブを開催し解散。その後、​2007年​10月22日​に再結成し、十数年越しの世界進出を果たした。また、​Coachella 2018​では多数の権威ある海外メディアから高評価を受けた​[4]​。 さらに、2003年にHMVによる日本史上最高のトップポップアーティスト100に選ばれる。 [5]
KISS​を髣髴とさせる派手なメイクや金髪を逆立てた髪型、派手なライブパフォーマンスは「ヴィジュアル系」と呼ばれるジャンルを生み出し、その先駆者ともなった。
日本公演 2018年​〜紅に染まった夜〜 Makuhari Messe 3Daysを最後にX JAPAN名義での活動は行われていない。(2021年現在)
バンド名の由来
いいバンド名を思いつかなかったので、一時的に仮の名前として「X」と名付けた​[6]​。その後、YOSHIKIがXという文字の意味を調べたところ、Xには「数多くの可能性」という意味があることが分かり​[6]​、後付けで「無限の可能性」とジャンルにとらわれないという意味であるとした。その後、世界進出にあたりアメリカに​同名のバンド​が存在することが分かり、1992年8月の​HEATH​加入発表と共に​X JAPANに改名した。
来歴
1977-88年: 結成、インディーズ時代
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出典検索?"X JAPAN" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2013年3月)
幼稚園の頃からの幼馴染だったYOSHIKIとTOSHIは、小学校高学年でアメリカのハードロックバンド「​KISS​」の話をする間柄であり、共にバンドを組む約束をしていた。
小学6年の時に​DYNAMITE​(ダイナマイト)(1977年 - 1978年)​[7]​、中学校に進学後​NOISE​(ノイズ)(1978年 - 1982年)を結成。主に​レッド・ツェッペリン​、​UFO​、​レインボー​などのコピー曲を中心に演奏​[8]​、中学校の​予餞会​が初ライブだった。その後、通っていた中学校が生徒増加に伴う分割によりボーカルが別の中学に編入されたため、当初ギターだったTOSHIがボーカルに転向。地元の​安房高校​に進学した2人はその後もバンドを続けていたが、進学問題で他のメンバーが脱退。他校のメンバーを加えて1982年夏、高校2年生の時に始めたのが​X​[注 1]​だった。高校時代の文化祭では「We are X」、当時は未完成だった「​I'LL KILL YOU​」などを演奏していた​[9]​
高校卒業後の進路として音楽大学の推薦入試を受験する予定だったYOSHIKIが、入試1週間前に進学を取り止めロックバンドとして成功する道を選び、1984年にTOSHIと結成時のメンバーのTERRYと共に活動拠点を東京に移した。又、ベース担当のATSUSHI、ギター担当のTOMOが加入した。
上京後の2人は、何のツテもない状態でメンバーやライブハウスを探し、1年後の​1985年​にはバンドとしての体裁を何とか整えられた。同年6月、1作目のシングル「I'LL KILL YOU」をDada Recordsからリリース。1986年にYOSHIKIが自身のレーベル「​エクスタシーレコード​」を設立し​[10]​、2作目のシングル「​オルガスム​」をリリースする。この頃になるとファンもある程度定着したが、メンバーは常に流動的で、YOSHIKIの1日十何時間も練習する姿勢に見切りを付けられることが原因であることが多く、存在が判明していないのを含めると脱退したメンバーは20人は超える。YOSHIKIも難しい注文に答えてくれるだけではなく、自分の方針に忠告をしてくれて、且つお互いの個性を認め合い、尊敬・成長し合えるメンバーを探していた​[11]​
その後、一時期Xに加入していたTAIJIが​1986年​の年末に再び加入。​1987年​ビクターから発売されたオムニバス・アルバム『​SKULL THRASH ZONE Vol.1​』のレコーディングでPATAがヘルプで参加。その後、1987年初めには、​SAVER TIGER​を解散させ美容師になる決心をしたHIDEをYOSHIKIが説得し、Xに加入させた。交通事故を起こしたISAOの脱退後にPATAも正式にメンバーとなり、メジャーデビュー時のメンバーが揃った。
ライブ・ハウスでは、メンバーが暴れて火を吹いたりYOSHIKIが​シンバル​にガソリンを注いで燃やすなどのパフォーマンスを敢行し、数々のライブハウスから出入り禁止となった。打ち上げでも喧嘩が絶えず店がメチャメチャに壊れるなどトラブル続きだったため、ロックミュージシャンが居酒屋へ入る際にはYOSHIKIがいないか店にチェックされた程であり、当時のインディーズメタル事情に詳しい漫画家の​喜国雅彦​によると、当時の渋谷の居酒屋はミュージシャン同士の喧嘩が多かった事から「ギターお断り、ミュージシャンお断り、バンドマンお断り」極めつけは名指しで​「Xお断り」​と貼り出された店もあったという​[12]​。その特異な行動から、​HIDE​率いる​SAVER TIGER​、​TAIJI​が在籍したDEMENTIAと共に「​関東三大粗大ゴミバンド​」とバッシングの対象になった。なお、当時DEMENTIAに在籍していた小杉茂(現​ハウリング・ブル・エンターテイメント​代表取締役社長)によると、この呼び名の名付け親は​UNITED​のメンバーではないかと推測している​[13]
「いくら良い曲を作っていても聴いてもらえなければ意味が無い」という考えから「知名度が必要」と判断し、​日本テレビ​『​天才・たけしの元気が出るテレビ!!​』の「​ヘビメタ​コーナー」に出演していた​[14]​[注 2]​。ステージ衣装のままで競技を行う「ヘビメタ大運動会」​[16]​や、「早朝シリーズ」(就寝中の芸能人の部屋に侵入して​バズーカ​などの​爆音​で起こす名物コーナー)の一つである「早朝ヘビメタ」などで話題となる。狭い食堂で「オルガスム」を演奏する同番組の企画「やしろ食堂ライブ」は、HIDEのX加入後の初仕事となった。しかしその世界観を硬派なイメージで保とうとする当時の音楽業界、特にロック界の風潮の中で「(音楽番組以外の)テレビ出演」はタブー視されていたため、業界関係者や他のバンドから「​ヘヴィメタル​をお笑いネタにされた」として厄介者のレッテルを貼られていた。
テレビ出演をきっかけに知名度が全国区へと広まったXは、当時デモテープの配布すら滅多に無かった時代にオリジナル映像を収録したVHSを客に配布した​[17]​。この時、他にも配布するものとして、​冷蔵庫​[17]​、​電子レンジ​、​トラック​などのアイデアが出ていた。他のバンドよりプロモーションを積極的に行っていたため、他のバンドからは​金持ちバンド​としてみられていた。
1988年​4月、1作目のアルバム『​Vanishing Vision​』をリリース。発売1週間で、当時としては異例の初回プレス分1万枚を完売した。『Vanishing Vision』は、メジャー・レーベルから発売される可能性もあったが、YOSHIKIは「​インディーズ​でまだ何も残していない」として、敢えてエクスタシーレコードからリリースした。並行して数社とのメジャーレーベルとの契約交渉を進め、Xを巡ってレコード会社の間で争奪戦となったが、最終的に​CBSソニー​と契約。XがCBSソニーと契約した理由は、交渉にあたった他社のディレクター達があまりに横柄な態度をとっていたためである。これにメンバーが怒りを覚えたため、交渉は冷静に対応できるYOSHIKIが担当したといわれる。契約金や契約期間などの条件が最も低かったことも、「絶対に売れてこいつらを見返してやる」という反骨心が生まれ、契約を決めた一因となった。
契約したCBSソニーも交渉当初は積極的ではなかったが、当時スカウト・育成部門所属だった​津田直士​が新規プロジェクトチームに配属となった事から、津田直士自らがディレクターとなりXと会社を説得。マネジメントまで引き受けることとなった。同時にX専用のプライベート・レーベル「​SIREN SONG」が設立された。
なお、ライブでお馴染みとなっているXジャンプの起源は、1988年7月19日に仙台のライブハウス『フォーラスモーニングムーン』で行われたライブである。2度目のアンコールで「X」を演奏していた際、サビの部分でギターのHIDEが突然ジャンプをして、観客にもジャンプするようジェスチャーで煽ったのをきっかけに始まった。この時ジャンプに応じたファンは数人であったが、ステージ上でHIDEの様子を見ていたベースのTAIJIが直後からジャンプに応じ、少し遅れてPATAもジャンプし始めた。しかしまだ慣れていないため、ジャンプするたびに3人とも音が外れてしまっていた。
1988年​6月24日には、スピンオフ的な企画として​L.O.X​のレコーディングを開始した。​L.O.X​は​Lip Cream​のNAOKI(ギター)、ORANGEのACT(ベース)、Xの​YOSHIKI​(ドラムス、クレジットは「白鳥麗(REI)」)で結成された​ハードコア・パンク・バンド​である。
1989-93年: メジャー・デビュー
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1989年​4月21日​、CBSソニー / Siren Songから2作目のアルバム『​BLUE BLOOD​』でメジャー・デビュー。​オリコン​では初登場6位を記録した。当時の音楽業界は​ミリオンヒット​が珍しい時代であり、トップレベルのロックバンドですら10万枚の売上で大ヒットだった中、1989年だけで60万枚のセールスを記録した。また6月頃にメンバーが海外にVIDEO撮影や曲作りの為に滞在していた。同年9月に「​紅​」をシングル・カット。音楽番組出演などの積極的なメディア露出で、​ヴィジュアル系​バンドを見た事の無かった多くの人達に強烈なインパクトを与えた。この時も、Xのメディア露出過多について音楽業界から賛否両論が浴びせられるも順調に向かっている様子に見えたが、同年11月23日に渋谷公会堂のライブ中にYOSHIKIが倒れ、以降のライブは延期された。以降、YOSHIKIは常に首や腕に「​爆弾​」を抱えながらバンド活動を続ける事となる。そんな中も、Xは​日本有線大賞​新人賞・​日本ゴールドディスク大賞​など数々の賞を受賞した。同時期に作品のレコーディングを行っていた​L.O.X​のメンバーもレコーディングに参加していた。
1990年2月、初の​日本武道館​ライブでツアーを再開し、5月の​大阪城ホール​ライブをもってツアーを終えた。11月には次のアルバムのレコーディングのために渡米した。本人達が不在の間にも、フィルム・コンサート『X FILM GIGS 〜血と薔薇にまみれて〜』を行い、成功させた。
1990年​5月25日、約2年半にわたるレコーディングの末に、​L.O.X​の唯一のアルバムである『Shake Hand』がリリースされた。
アメリカ・ロサンゼルスでレコーディング中に、YOSHIKIが高速ナンバー「​Stab Me In The Back​」のドラムレコーディング後に発症した​頸椎​椎間板ヘルニア​で、以降のレコーディングのスケジュールが大幅に延期された。レコード会社からは1991年7月のリリースをリミットとされたため、他の高速ナンバーや「​ART OF LIFE​」などのレコーディングを断念し、同年6月帰国。翌7月1日、3作目のアルバム『​Jealousy​』をリリース。​オリコン​チャート1位を記録する。コンサート・ツアー『Violence In Jealousy Tour 1991 〜夢の中にだけ生きて〜』を行い、8月23日には初の​東京ドーム​公演を果たした。同時期、新宿の​小田急​ミロード​に「X SHOP JEALOUSIX」を期間限定で出店、​日清食品​から「​カップヌードル​X味」が発売されるなど、この頃のXはメディア露出なども合わせて絶頂期を迎えた。12月8日に​NHKホール​で、『X with Orchestra』を開催した。12月20日のツアーファイナルの武道館でFILM GIGのダブルアンコールに本人たちが登場し、この頃に一部新聞で報道された解散説をYOSHIKI自ら否定。12月31日には『​第42回NHK紅白歌合戦​』に出場した。
1992年1月5、6、7日には、日本人アーティストとして初となる東京ドーム3日間連続公演『​破滅に向かって​』を開催し、延べ12万人を動員した。同年1月31日の『​ミュージックステーション​』でビデオメッセージを通じて、TOSHIの口からTAIJIの脱退が正式に発表された。TAIJI脱退の理由について、当初「音楽性とファッション性の違いから」と説明されていたが、その後TAIJIは著書『伝説のバンド「X」の生と死―宇宙を翔ける友へ』の中で「YOSHIKIに直接脱退を迫られた」という内容を告白している。同じ著書の中では「ギャラのアップ要求などバンドの嫌われ役に徹していたことに、YOSHIKIが疲れ果てたのではないか」、「一部のスタッフがYOSHIKIに働きかけたのではないか」、「YOSHIKIのドラムプレイに対して平気でダメ出しをする様になって、YOSHIKIとの間に軋轢が生じたからではないか」と述べている。一方、YOSHIKIは自伝『YOSHIKI/佳樹』の中で「TAIJIのベースはXに必要だったが、YOSHIKIとTAIJIの間での約束をいとも簡単に破ったこと」を理由としている。
X JAPAN ロゴ(1992年-)
株式会社ジャパンミュージックエージェンシー商標4868300号として登録されている
1992年4月20日付けでソニーとの契約が切れた。5月中旬に行われたソニーの役員会の席で「YOSHIKIのわがままを止められない」という声が流れ、その一因にYOSHIKIのレコーディングの妥協の無さとマネジメントと流通がソニーの丸抱えで「アーティストとレコード会社が対等に付き合うためには、事務所が独立してないといけない」という考えからきており、YOSHIKI自身も1991年から独立の準備をしていた​[18]​。Xは、1992年8月24日にニューヨークの​ロックフェラー・センター​で記者会見を開き、世界進出を果たすべくアメリカのタイム・ワーナーと契約したことと、新しいベーシストとして​HEATH​が加入したことを発表した。海外では​アトランティックレーベル​、日本では​ワーナーミュージック・ジャパン​から作品をリリースすることとなった。しかし、先行して映画「​メジャーリーグ​」の『​恋はワイルド・シング​(Wild Thing)』で世界的に有名になったロサンゼルスの同名バンド「​X​」が存在したため、​X JAPAN​に改名した(当初は​X FROM JAPAN​と名乗っていたが、直ぐに変更した経緯がある)​[19]​。日本でも1993年12月24日に​東京ベイNKホール​で行われた『​ミュージックステーションスーパーライブ93​』に出演するなどしていた。
1994-96年: 長期レコーディング
ワーナーミュージック・ジャパン​との契約後に最初に取り組んだのが、『Jealousy』に収録できなかった「​ART OF LIFE​」のレコーディングだった。デモテープは1990年夏には既に出来上がっていたが、TOSHIのボーカル録りが難航。さらに、ベースのTAIJIの脱退によりできあがっていたベースラインをHEATHのベースラインに録り直された。1993年8月に、ようやくリリースされる。
これと並行して各メンバーのソロ活動が活発になるが、次第にX JAPAN本体とのスケジュールの都合がつかなくなるなどしたために、X JAPANのレコーディングスケジュールも管理していたYOSHIKIが、他のメンバーに不信感を募らせていった。だが相変わらず、X JAPANのニューアルバムのレコーディングは遅々として進まなかった。
本来、『Jealousy』に続くアルバムは世界進出アルバムとしてリリースされる予定で、『日本向けと海外向けの2作品を同時に制作中』『過去の楽曲の英詞ヴァージョンをレコーディング中』だった。しかし、TOSHIの英語の発音の問題や​[20]​、​ニルヴァーナ​などの​グランジ​がロック・シーンで注目されるようになっていたこともあり、「今X出しても売れないな」というYOSHIKIの判断の下に海外進出を断念した​[21]​
長期にわたるレコーディングは​ワーナーミュージック・ジャパン​との関係をも悪化させる。完成していないマスターテープを担保にした銀行融資も、ままならなくなり、YOSHIKIは愛車​フェラーリ​を制作費捻出のために売却しレコーディングを続行。契約から4年ものアルバムレコーディングで経費がかかりすぎるとして、レコーディング作業を維持するために、苦肉の策として仕上った楽曲を次々とシングルとしてリリース。YOSHIKIは持病の​頚椎椎間板​ヘルニア​のために数曲のハイスピードな楽曲のレコーディングを断念した​[20]​
ニューアルバムのレコーディングが終わらぬまま、​1995年​11月、全国ツアー『​DAHLIA TOUR 1995-1996​』が開始。YOSHIKIの体調を考慮して、基本的に1 - 2週間に1カ所で2日間という日程だったが、翌1996年3月13日、名古屋公演1日目にYOSHIKIがライブ中に​椎間板ヘルニア​を再発したことで、以後のツアー日程は全て中止され、事実上ツアー終了。福岡の延期を除く18公演中、7公演が中止となった。​福岡ドーム​に至っては、延期公演の振替も中止となった。
長期のレコーディングの末、1996年11月4日に最後のオリジナルアルバム『​DAHLIA​』がリリース。しかし5年4か月もの歳月を掛けたにも関わらず、アルバム発売以前に全10曲中6曲までがシングルリリースされる(『DAHLIA』リリース後に「​SCARS​」もシングルカットされた)という、ベスト盤的アルバムとなった。この頃から、TOSHIはX JAPANの存在と活動に息苦しさを感じるようになったと発言している。
1996年12月、『​DAHLIA TOUR 1995-1996​』のツアーファイナルとなる、『DAHLIA TOUR FINAL』を東京ドームで開催。
1997 - 2006年: 解散、HIDEの死と解散後のX JAPAN
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1997年4月、音楽性・方向性の違いを理由にTOSHIが脱退する。後任のボーカルを見つけられなかったため、9月22日に記者会見を開き、当日をもってX JAPANの解散を発表。その後、ファンに対する「けじめ」としてライブをしよう、とHIDEがYOSHIKIを説得。TOSHIも参加して、1997年12月31日に東京ドームにてラストライブ『​THE LAST LIVE〜最後の夜〜​』を開催、コンサート終了後に出演した『​第48回NHK紅白歌合戦​』のステージで幕引きとなった。
残ったメンバーは2000年に新たなボーカリストを加えた形で再結成することを予定し、それまでの間、各メンバーはソロ活動を展開する。中でもHIDEは、​hide with Spread Beaver​名義で精力的に活動を始めた。しかしその矢先、1998年5月2日にHIDEが急逝。その後『​Art of life live』や『THE LAST LIVE〜最後の夜〜​』などのライブ・アルバムやライブDVD、ファン投票によるベスト・アルバム『​X JAPAN BEST 〜FAN'S SELECTION〜​』のリリース、全国主要都市や韓国・ソウルで『FILM GIG』開催などが続いた。
HIDEと同郷であり、hide MUSEUMの建設にも関わった当時の​小泉純一郎​首相が「X JAPANのファン」と公言し話題を呼び、「​Forever Love​」が​自民党​の国政​選挙​の際に​CM​で使われた​[22]​[23]​。しかし、その一方でTOSHIの​洗脳​疑惑騒動やYOSHIKIの迷走などかつてのファンを不安にさせるニュースも数多く報道されていた。特にYOSHIKIは日本で表立った音楽活動をほとんど行わなくなり、アメリカで​Violet UK​の活動を主体にプロジェクトを進めていた。これには、公私共に深い信頼関係にあったHIDEの死去が自身に与えた精神的なダメージが大きかったためであることを後に語っている。
2002年、YOSHIKIはゲスト出演した​NHK​の『​わたしはあきらめない​』で解散の直接的原因となったTOSHIについて、「TOSHIの声を道具のように扱っていた」と、自身の行いに問題があったという内容の発言をしている。HIDE死後の転機となったのが、『​天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典​』で奉祝曲「Anniversary」を演奏した際に受けたファンの歓声であったとしている。この模様は後日、未放送部分が付け加えられ番組単行本に纏められている。しかし、当時のTOSHIは「自分はテレビを見ないので知らない」と受け入れることは無かった。
韓国では「​Tears​」が、映画『​僕の彼女を紹介します​』挿入歌として、日本文化解禁後の​韓国映画​で初の日本語楽曲使用となった。ヨーロッパではX JAPANの楽曲を​カヴァー​するバンドも現れた。後述の再結成発表の場でもアジア圏から東京に駆けつけたファンやリアルタイムでX JAPANを知らない若者たちの姿などが多く報道されていた。
2007年: 再結成
2007年2月10日にTOSHIが自身のホームページで、X JAPANのかつてのマネージメント事務所の社長がTOSHIのライヴ会場に何度も足を運び、「他のメンバーが再結成したがっているがTOSHIはどうだろうか」と頼んで来たと述べている。再結成に対して否定的であったTOSHIは、最初は頑なに断り続けていたが、あまりにも何度も来られたため、YOSHIKIにも確認し、共通の友人でもある​小室哲哉​にも応援と期待を頂いて話を進めていると明かした。同年3月21日にはTOSHIが自身のホームページで、ロサンゼルスのYOSHIKIのスタジオを訪ね、およそ10年ぶりに共に演奏したことを明らかにした。その際にセッションした楽曲はYOSHIKIがHIDEへの追悼曲として作曲し、2005年のYOSHIKIのクラシック・アルバム『​ETERNAL MELODY II​』に収録していた「​Without You​」であったことも明かし、YOSHIKIとのプロジェクトや新曲のリリースの動きが進行していることをほのめかした。その後、同年6月にYOSHIKIは​スポニチ​の取材に対し、再結成に向けて話を進めていることを認めた​[24]​
同年10月18日、公式ホームページで活動再開が正式に発表された。​東京都​港区​台場​の​アクアシティお台場​屋上で、新曲「​I.V.​」のプロモーション・ビデオの公開撮影を10月22日に行う旨が報道された​[25]​。当日の撮影ではYOSHIKIに抱きかかえられたHIDEの人形も揃い、10年ぶりにX JAPANの『5人』が​台場​に集まったファンの前に姿を見せた。このミュージック・ビデオでは『HIDEも世界に連れて行く』という意味を込めてHIDEのステージ・ポジションにマイク・スタンドとギターが設置されていた。撮影終了後には2008年春を目処に東京で再結成コンサートを計画していることなども明らかにされた。「I.V.」は亡きHIDEのギター音をデジタル加工して使用するなど、X JAPAN5人の楽曲として制作され、2008年1月23日にリリースされた。ハリウッド映画『​SAW4​』のメイン・テーマ・ソングとして採用された。撮影されたミュージック・ビデオは、2008年2月29日に発売された『X JAPAN RETURNS 完全版 DVD-BOX』に収録された。
後日、TVでインタビューでYOSHIKIは「X JAPANに終止符を打つための再結成で綺麗な形で終わらせるためであり、長期間の活動はしない」と語った。HIDEの後任のギタリストは、ゲストと言う形をとり、HIDEのポジションを空けておく、X JAPANは常にHIDEと一緒という発言から新たにHIDEのギターを収録することが不可能なことやToshlとの確執が完全に解消されたわけではないと述べた。TOSHIは復活後のソロコンサートで「X JAPANもやりながら癒しの音楽もやっていきたい」と語っていた。
2008年: 世界進出
2008年1月20日に​渋谷​Apple Store​で記者会見が行われ、同年3月28日、30日に、東京ドームで2日間の再結成コンサートが行われることが発表された。同日の夕方には​タワーレコード​渋谷店で、X JAPANメンバーと招待されたファン160人によるトーク・ライブが行われた。会見当日に先行予約が開始されたが、予想以上の反響があったため、当初の予定を変更しドームの後方席も開放し増席することと、夏以降の追加公演が発表された。X JAPANにとって初の海外公演となる欧米・アジアツアーが年内に発表されるとも語った​[26]​。再結成コンサートは『​X JAPAN 攻撃再開 2008 I.V. 〜破滅に向かって〜​』と銘打たれ​[27]​、28日は「破壊の夜」、30日は「創造の夜」と命名された。後日、再結成コンサートはあまりにも反響が大きく2日間ではキャパシティを確保することができないと判断し、YOSHIKIを始めとするメンバーの休養のため空けられていた29日に追加公演を行うことを決定。29日はYOSHIKIも「命を張る覚悟」として「無謀な夜」と命名された。チケットの価格高騰を懸念して、プレミア席のオークション中止も発表された。立ち位置は「HIDEがいたときと同じ配置で行く」と改めて『5人のX JAPAN』によるコンサートであることが強調され​[28]​、再結成コンサート当日は、ステージやモニターに特殊映像(​ホログラム​など)によって再現されたHIDEが映しだされた。この会見で「​I.V.​」の​iTunes Store​などにおける全世界23ヶ国同時発売が発表された。
2008年5月3-4日にHIDEの追悼ライブ『​hide memorial summit​』が開催され​[29]​、​LUNA SEA​、​T.M.Revolution​、​Dir en grey​、​マキシマムザホルモン​などが出演し、X JAPANは2日目に出演して「Without You」やhideのソロ楽曲「​ピンクスパイダー​」などを演奏したほか、​LUNA SEAのメンバーとLUNA SEAの楽曲「​BELIEVE​」を共演した。12月31日には​赤坂BLITZ​でカウントダウン・ライブ『​X JAPAN COUNTDOWN GIG 〜初心に帰って〜​』を開催。この模様はCS放送、​DMM.com​による独占生中継が行われたほか​[30]​、全国13館のTOHOシネマズにて中継上映も行われた。
後日YOSHIKIは雑誌のインタビューや​Myspace​などを通じて「I.V.」の日本語版のリリースや「Without You」をはじめとした新曲の制作をほのめかしていた。「もしかしたら当初の構想より長く活動できるかもしれない」と語った。
この年、パリやアメリカ等でツアーを予定していたが、YOSHIKIの体調不良により中止になった。日本でクリスマスライブも予定していたが中止になった。
2009年: ワールド・ツアー、SUGIZOの加入
2009年1月17日香港公演
2009年の台湾公演決定を記念して特別イルミネーションされた​台北101​
2009年1月16-17日に、香港のアジア・ワールド・エキスポで初めての海外公演となる『​X JAPAN WORLD TOUR LIVE IN HONG KONG​』を開催し、2日間で2万人を動員した​[31]​
香港​公演後には一時期、HEATHに関するトラブルが発生したことで2-3月に予定されていた台北公演・ソウル公演は延期が決定され、最悪二度目のベース脱退という事態に陥ったが​[注 3]​、公演が翌日に迫った5月1日にHEATHから脱退が回避されたという旨とファンへの謝罪が公式サイトに掲載された。同時に再結成公演以来サポート・メンバーとしてステージで演奏していた​SUGIZO​が「6人目のメンバー」として正式に加入した​[33]​[34]​。5月2-3日にワールド・ツアー東京ドーム公演『​X JAPAN WORLD TOUR Live in TOKYO 〜攻撃続行中〜​』を開催。「​JADE​」が初めて演奏されたほか、新たに加わったSUGIZOのヴァイオリンとYOSHIKIのピアノによる共演など、SUGIZOの加入による新しいコラボレーションも見られた。5月30日には台湾で『​X JAPAN WORLD TOUR Live in TAIPEI』が開催された。
その後、ワールド・ツアーは10月10日のパリ公演がアナウンスされていたが、YOSHIKIの持病である頸椎椎間板ヘルニアの手術に伴い、三たびの延期。年内の開催を予定していた大阪公演も延期となった。
7月末のYOSHIKIの手術後、8月22日には6年ぶりとなるフィルム・コンサート『X JAPAN FILM GIG 〜鈴鹿の夜〜』が​鈴鹿サーキット​で開催された。これはYOSHIKIがプロデュースするレーシングチーム「TEAM YOSHIKI&童夢プロジェクト」が出場する​SUPER GT​レースの前夜祭に伴って行われたもので、X JAPANのフィルム・コンサートとしては初の野外公演となった。これには当初YOSHIKIの出演がアナウンスされていたものの、その後に手術が決まったこともあり、出演は取りやめとなっていたが、当日になりYOSHIKIとTOSHIがサプライズ出演。公の場にYOSHIKIが姿を現すのは手術後これが初めてとなった。
2010-11年: ワールド・ツアー、TAIJIの死
サンパウロ公演で演奏する​YOSHIKI​と​Toshl
2010年1月6日-14日にロサンゼルスにて​ミュージック・ビデオ​の撮影が行われた。6日にはロサンゼルス・センター・スタジオ、7-8日にはロサンゼルス・シアターへと場所を移し、9日にはハリウッド・​コダック・シアター​の屋上に設置された特設ステージの上でライブ形式の公開撮影が行われた。9日の公開撮影ではファン8000人を動員し、総制作費は5億円を計上した​[35]​。その後12 - 14日も場所を移して撮影が行われた。撮影は「I.V.」「JADE」といった再結成後の新曲に加えて「​Rusty Nail」「」「ENDLESS RAIN​」といったすでにミュージック・ビデオが存在している曲にも行われた。撮影された映像の一部はパチンコ台「CR FEVER X JAPAN」に使用されていた。DVD『X JAPAN Showcase in L.A.』に収録され、パチンコ店のみで限定リリースされた。
この9日の公開撮影がYOSHIKIにとっては手術後初、TOSHIにとっては活動休止後初のパフォーマンスの披露となった。TOSHIは2009年10月に​肋間神経痛​を患い、この撮影の直前まで全く声が出せない状態が続いていたが、この撮影をきっかけに声を取り戻したことを撮影直後の単独記者会見で明かした​[36]​。この記者会見でTOSHIは自己破産申請・離婚調停・ソロ活動でパートナーであった​MASAYA​との決別などを告白と、2月24日にX JAPANメンバー全員参加の『​Toshl LAST CONCERT"武士JAPAN"​』の開催を発表、自身の名前を「TOSHI」から「Toshl」に変更した。
2010年の8月6日-8日にかけてアメリカ・シカゴで行われたロック・フェスティバル『​ロラパルーザ​』のメイン・ステージに出演した。
8月14-15日に、​横浜国際総合競技場​で『​X JAPAN WORLD TOUR Live in YOKOHAMA 超強行突破 七転八起 〜世界に向かって〜​』を開催。元メンバーのTAIJIが中盤でスペシャル・ゲストとして参加し、ステージではHEATHとのダブルベースにより「X」を共に演奏。1992年の東京ドーム公演以来、18年ぶりに共演が実現した。終演後はステージ上でYOSHIKIをはじめとするメンバーと抱擁を交わした。TAIJIは翌​2011年​7月17日​に急逝してしまったため、これが最後の共演となった。10月10日には、ワールド・ツアーの一環である北米ツアーを完遂した。
10月10日、ワールドツアーの一環である北米ツアーを完遂。ツアーを延期、中止せずに完遂したのは1989年の「BLUE BLOOD TOUR」以来となった。
2011年1月27日、北米における製造・流通を目的として​EMI​と3年間の専属契約を結ぶ。3月6日には国立代々木体育館にて行われたYOSHIKIプロデュースのファッション・イベント『ASIA GIRLS EXPROSION』にX JAPANとして出演。5月27日には映画『​手塚治虫のブッダ -赤い砂漠よ美しく-​』の主題歌「​Scarlet Love Song​」が配信リリースされた。6月28日には​東日本大震災​の影響により延期となっていた「JADE」を配信リリース。その当日にヨーロッパ、日本、南米、東南アジアを廻る2011年ワールド・ツアーが​ロンドン​からスタート。ヨーロッパ・ツアー『​X JAPAN WORLD TOUR Live 2011 European Tour​』では、2008年から延期を繰り返していたパリ公演を含む4都市で成功を収めた。
3月6日に代々木第1体育館で開催された世界最大級のファッションイベント「ASIA GIRLS EXPLOSION」参戦。SUGIZOが参加するViolet UKのパフォーマンス、マリリン・マンソンのモデルとしての登場。この参戦で今年南米(メキシコ、ブラジル、アルゼンチン、ペルー、チリ)から始まるワールドツアー2011、北米で3月15日にシングルリリースされる「JADE」や、5月28日から日本全国で公開される映画ブッダの主題歌「Scarlet Love Song」が披露された​[37]​
ワールド・ツアーの一環として、日本では8月13日の舞洲サマーソニック大阪特設会場、14日の千葉・​QVCマリンフィールド​で開催されたロック・フェスティバル『​SUMMER SONIC 2011』に出演​[38]​。その2週間後の野外ライブ・ツアー『​a-nation​』の東京公演初日にもサプライズ・ゲストとして出演した。
9月18日、チリから始まった南米ツアー『​X JAPAN WORLD TOUR Live 2011 South American Tour​』をメキシコで完走。東南アジア・ツアー『​X JAPAN WORLD TOUR Live 2011 Southeast Asian Tour​』では、北京公演が中止になったものの、11月8日にタイでライブを終え、『X JAPAN WORLD TOUR Live 2011』の全公演が終了した。
2012-17年:世界への進撃
2012年4月11日(日本時間12日)、アメリカ最大の​HR/HM​の祭典『第4回ゴールデン・ゴッズ・アワード』にアジアのバンドとして初めてのノミネートされ、ベスト・インターナショナル・バンド賞を受賞した​[39]​。世界デビューアルバム制作の最終段階に入ったことと、近々2度目のワールド・ツアーも計画中であることも発表された。
2013年5月20日、東京・デックス東京ビーチ内の施設「マダム・タッソー東京」にてX JAPANの等身大フィギュアお披露目式で記者会見を開き、2014年に2度目のワールド・ツアーを開催する意気込みを表明した。21ヶ月ぶりの記者会見だった​[40]​。「世界への名刺代わりになる作品」としてアルバムをリリースする予定だとした。
2014年4月29日、YOSHIKIのソロワールドツアー「YOSHIKI CLASSICAL WORLD TOUR」コスタメサ公演にて10月11日にX JAPANとしては初の​マディソン・スクエア・ガーデン​で公演を行うこと​[41]​、6月17日に全世界ベストアルバムとして「THE WORLD〜X JAPAN 初の全世界ベスト〜」が発売されることを発表した​[41]​。このライブステージでは、YOSHIKIがピアノ演奏を中心に、Xの曲や"Anniversary"などを女性弦楽団と演奏し、Toshlもゲストとして参加して盛況となった。
2014年8月17日、国内で初めてゲリラライブを東京・新宿ステーションスクエアで敢行​[42]​。『​聖闘士星矢 LEGEND of SANCTUARY​』(同年6月21日公開)の主題歌「HERO」のX JAPANバージョンを披露し、ミュージックビデオの撮影も行った​[42]​。国内のMV撮影は2007年の「I.V.」以来約7年ぶりで、SUGIZOが加入してからは初である​[42]​
2014年9月30日、10月1日の2日間、2010年日産スタジアム公演以来4年ぶりとなる日本でワンマンライブを横浜アリーナでおこなった。2日間で2万2千枚用意されたプラチナ・チケットは1秒でソールドアウトした。X JAPANにとって横浜アリーナ公演は、1991年に実施された『Violence In Jealousy Tour』ツアー以来 23年振りということでも話題となった​[43]​
2014年10月12日、“世界で最も有名なアリーナ”としても知られる、米ニューヨークの​マディソン・スクエア・ガーデン​でコンサートを開催した。会場には1万5千人のファンが集まり、アジア単独アーティストとして最高記録になった​[44]​
2014年12月26日、テレビ朝日系列で放送された音楽番組『MUSIC STATION SUPER LIVE 2014』にて、X JAPANとしては約17年ぶりにテレビ出演を果たした。番組内でX JAPANのニューアルバムを2015年8月にリリース予定であることも発表された。
2015年2月25日にYOSHIKIが​Instagram​にX Japan Master Album Sequences 2.24.15と印字されたCD画像を投稿した。
2015年6月27日、幕張メッセにて​LUNA SEA​初の主宰ロックフェス『LUNATIC FEST. (通称ルナフェス)』に出演した​[45]​
2015年7月6日(現地時間5日)、フランスの『JAPAN EXPO』にて全曲新作となるアルバムの翌年3月11日のリリース、それに伴う日本ツアーとワールドツアー、3月12日に英・ウエンブリーアリーナでリリース記念ライブとドキュメンタリー映画の公開を行うことが発表された​[46]​
2015年11月26日、大晦日の音楽番組『NHK紅白歌合戦』へ出演することが発表された。X JAPANの出演は1997年12月31日以来、18年ぶりの出演となり、2007年の再結成以降では初出演となる。
2015年11月28日、​宮城県​石巻市​の​ライブハウス​「​石巻ブルーレジスタンス​」にて、日本ツアーの初日公演を兼ねた、​東日本大震災​復興支援チャリティーコンサートを実施​[47]​。ライブハウスのライブは​1991年​12月31日​の​目黒鹿鳴館​以来24年ぶりとなる。このライブで用意されたチケット150人分のうち、半数の75人分は​石巻市​・​東松島市​・​女川町​の住民を対象にした無料招待枠で、残り半数は「​ヤフオク!​」で​チャリティー​オークション​に出品、落札額は全額​中央共同募金会​を通じて被災地支援の寄付金となる。最高落札額は120万円を超える金額へと発展した。ライブの模様は​石巻市総合体育館​にて​パブリックビューイング​を開催した他、​ニコニコ生放送​でも配信された​[48]​
2015年12月25日、『MUSIC STATION SUPER LIVE 2015』出演。22年ぶりに「X」を披露した。
2015年12月31日、18年ぶりのNHK紅白歌合戦出演「紅白スペシャルメドレー 〜 We are X ! 〜」。
2016年、ドキュメンタリー映画『We Are X』(監督:​スティーブン・キジャック​)が、第32回​サンダンス映画祭​のワールドシネマドキュメンタリー部門にノミネートされ、最優秀編集賞を受賞した​[49]​。1月23日に​米国​の​ユタ州​でワールドプレミア上演を開催​[50]​。3月18日、​SXSW 2016​で、EXCELLENCE IN TITLE DESIGN部門の観客賞を受賞​[51]​
同年2月3日、​PATA​が大腸憩室炎および​門脈血栓症​のため入院したことにより一時活動休止を発表​[52]​し、3月11日にリリース予定であった約20年ぶりのスタジオ・アルバムを延期、それに伴い3月12日に予定されていたイギリスの​ウェンブリー・アリーナ​の公演も延期​[53]​。開催すれば同会場で「日本人初」となる公演だったが、その称号を、当初2番手となる予定だった​BABYMETAL​に譲る事となった​[54]​
3月18日、SXSW 2016のYOSHIKIのスピーチにて、PATAが退院したことが明らかになった​[51]​
2016年10月14日~10月16日、『VISUAL JAPAN SUMMIT 2016』開催[55]
2016年12月23日、『MUSIC STATION SUPER LIVE 2016』出演。25年ぶりに「Silent Jealousy」を披露した。
2016年12月31日、NHK紅白歌合戦出演「紅」。
2017年3月3日、ドキュメンタリー映画『We Are X』日本公開。
2017年3月4日(日本時間3月5日)、イギリス:ロンドンのウェンブリー・アリーナ公演。XJAPANの海外の単独公演は2014年10月11日に行われた「X JAPAN LIVE AT MADISON SQUARE GARDEN」以来約2年半ぶりの海外公演。
2017年3月31日、ニコニコチャンネル「YOSHIKI CHANNEL」の特別番組にて、同年6月に21年ぶりのニューアルバム「X JAPAN」をリリースすることをYOSHIKIが発表​[56]​
2017年7月 「X JAPAN WORLD TOUR 2017 WE ARE X Acoustic Special Miracle〜奇跡の夜〜 6DAYS」​[57]​を11日〜12日に​大阪城ホール​で公演、14日〜17日まで​横浜アリーナ​で公演。
2017年12月31日 第68回NHK紅白歌合戦​に出場​[58]​。曲は「ENDLESS RAIN」と「紅」​[59]​。YOSHIKIは約半年振りにドラム演奏をした。
2018年- : YOSHIKIドラム復活~事実上の活動休止
2018年4月10日、11日に「XJAPAN復活10周年記念 XJAPANLIVE2018 アメリカフェス出演直前 PREMIUM GIGS 〜YOSHIKI復活の夜〜」と称した単発ライブが​Zepp DiverCityで行われた。 このライブでYOSHIKIはニューアルバムは99.7%できていると発言した。正式にYOSHIKIがドラム復帰。又、​Coachella 2018​の4月14日の公演にSUGIZOの参加が危ぶまれていたが、無事参加することになった。
2018年4月14日、21日に​アメリカ​・​カリフォルニア州​インディオ​で開催された野外ロックフェスティバル「​Coachella 2018​」に出演し​[60]​、両日トリを務めた。スペシャルゲストとして​ガンズ・アンド・ローゼズ​の​リチャード・フォータス​と、​リンプ・ビズキット​の​ウェス・ボーランド​が参加し、21日には​YOSHIKI​の友人である​マリリン・マンソン​とのスペシャルパフォーマンスが行われ​[61]​、マリリン・マンソンの代表曲である​ユーリズミックス​のカバー『Sweet Dreams』をYOSHIKIのピアノ演奏と共に披露した。『​X​』の演奏時には、​HIDE​と​TAIJI​が​ホログラム​で登場するという演出もなされた。現地メディアは​ビヨンセ​と同じ時間に出演するX JAPANに当初より大きな関心を寄せており、『X JAPAN VS ビヨンセ』つまりは『​ロック VS ポップス​』と、ロックの勢いが振るわないアメリカでX JAPAN、そしてバンドを率いるリーダーのYOSHIKIがどのように切り込んでいくのかと多くの注目が集まっていた。唯一の​ハードロック​バンド、そして日本人アーティストとして計り知れないほどのプレッシャーを抱え、前途多難かに思われたが、初日のコンサート後、米​ヤフーニュース​には「激しく、吹き飛ばされるかのような破壊力のショーは、まさに“偉大”」、米LAウィークリーには「ビヨンセではなくX JAPANを選んだ」、​ローリング・ストーン​には「“ハードロックの爆発あり、涙を誘うバラードあり…『​JADE​』はスピード感のあるメタルリフと間欠泉のような激しさで始まったかと思えば、エモーショナルで華やかなメロディーへと移っていく」と大絶賛され、数多くの大手海外メディアから高い評価が殺到するなど、コーチェラでみせたX JAPANのパフォーマンスはファンのみならず各所に大きな影響を与えた。また、YOSHIKIがコンサート中にMCで叫んだ「Thank you for supporting X JAPAN. Thank you for supporting Rock’n roll. Rock is here to stay.(和訳:X JAPANをサポートしてくれてありがとう。ロックをサポートしてくれてありがとう。ロックは死んでない。)」の言葉には、 観客から割れんばかりの歓声が鳴り響いた​[62]​[63]​[64]​
7月5日~8日にロサンゼルスで行われた「Anime Expo 2018」でTVアニメ『「進撃の巨人」Season 3 』のオープニング曲を担当することが発表され、更に​L'Arc〜en〜Ciel​の​hyde​とフィーチャリングとして参加することが発表された。「X JAPAN feat. HYDE」名義として「Red Swan」が2018年秋頃にポニーキャニオンからシングルリリース予定である​[65]​。その後「YOSHIKI feat. HYDE」名義でリリースされることが正式に発表された​[66]​
7月17日に「テレビ朝日ドリームフェスティバル2018」の9月15日の公演に出演することが決定した​[67]​
2018年9月28〜30日に幕張メッセで「X JAPAN Live 日本公演 2018〜紅に染まった夜〜 Makuhari Messe 3Days」を開催。30日の公演は​平成30年台風第24号​の影響により来場客への安全などを考慮して公開を中止する措置を執ったが、ライブ自体は無観客の状態で開催してその模様を​WOWOW​メンバーズオンデマンドで生配信すると共にYOSHIKI CHANNELにて全編放送した。
2018年9月以降、X JAPANとしての新規の公演は行われておらず、オリジナルアルバムの完成・発売についても具体的な言及はされていない。また、幕張メッセ公演を最後にYOSHIKIとToshIの共演はない。
音楽性と影響
YOSHIKIの音楽性と受けた影響については「​YOSHIKI#音楽性​」も参照
X JAPANの音楽性はアメリカとイギリスの​グラム・メタル​や​ヘヴィメタル​の影響を受けたものであり、シンフォニックな要素を持ち合わせながらも勢いのある​スピードメタル​/​パワーメタル​的な曲(「​紅​」や「​Silent Jealousy​」はその好例である)や情感溢れる​バラード​(「​ENDLESS RAIN」や「Forever Love​」など)が特徴である​[68]​[69]​[70]​。楽曲の多くは管弦楽的なパッセージを用いているが、その傾向は特に「​Tears​」、「​CRUCIFY MY LOVE」、「ART OF LIFE​」などの長尺な曲で顕著である​[71]​
ほとんどの作品は​YOSHIKI​が作曲を手掛けており、それに比べれば他のメンバーによるものは少ない。​hide​は「​SCARS​」などいくつかの作品で作曲を担当しているが、一方​PATA​によるものは「White Wind from Mr. Martin ~Pata's Nap~」など数少ない。​TAIJI​はアルバム『​Jealousy​』に収録されている「Voiceless Screaming」や「Desperate Angel」などいくつかの曲で作曲を担当している​[72]​。2010年には、​SUGIZO​が曲をいくつか書いているとの報道があったが、それ以来新たな情報は出てきていない​[73]​。この時、YOSHIKIはX JAPANの新作について、「今までとほとんど同じです。少しだけエッジが効いた感じになるかも」と語っていた​[74]​。しかし2014年になると、次の作品は非常にヘヴィであると同時にメロディアス、そして「より現代的な」サウンドであり、以前とは異なるものになるだろうと述べている​[75]​
バンドでスタジオに入る前に、ギターやドラムなどすべての楽器の譜面を書くという点で、YOSHIKIの作曲プロセスは特異だといえる。もちろん、必要に応じて変更も行われる​[76]​
楽曲のイメージに近づけるために、YOSHIKIはレコーディングの際に映画の脚本家・監督の要領でどの様に​Toshl​を閃かせるか、或いはだまくらかして求める声を取るのかを探っていた。ボーカルは1曲につき7~10トラック歌ってもらい、コンピューターの中で素材として保存している。そのデータの中から、YOSHIKIが一番いいテイクを探して作品へと編集する。1行に対して1時間半、60行あったらそれこそ100時間かけて組み合わせて、Toshlを達成感で喜ばせるようにしている。但しこれは「Toshlを毎日道具の様に酷使していた」と後悔させることにもつながってしまった​[11]​
受けた影響
主作曲者のYOSHIKIは、​アイアン・メイデン​の『​鋼鉄の処女​』や『​キラーズ​』を好きなアルバムとしてあげており、特に​パンク・ロック​の要素が好みだったと述べている​[77]​。また、​セックス・ピストルズ​、​ザ・クラッシュ​、​G.B.H.​、​カオスUK​などを気に入ってよく聴いていたという​[77]​
与えた影響
1990年代後半以降にデビューしたハードロック・ヘヴィメタルバンドやヴィジュアル系アーティストを筆頭に、多くのバンドやアーティストがX JAPANから影響を受けたと述べている。具体的には、​MIYAVI​[78]​、​DIR EN GREY​[79]​[80]​、​GALNERYUS​の​SYU​とFumiya​[81]​[82]​、​the GazettE​[83]​、​D​[84]​、​Sadie​のヴォーカリスト真緒​[85]​、​12012​の川内亨​[86]​、​LM.C​のMaya​[87]​、​FLOW​[88]​、​Unsraw​(​英語版​)​のYuuki​[89]​、​DJ OZMA[90]Dio – Distraught Overlord​(​英語版​)​のKei​[91]​、​deadman​のaie​[92]​、​Screw​のJin​[93]​、​DaizyStripper​[94]​などがいる。​Versailles​のメンバーはXと​LUNA SEA​から影響を受けたと公言しているが、中でもヴォーカリストの​KAMIJO​は「日本の音楽業界で、X JAPANから影響を受けていない人はいないと思う」と述べている​[95]​。​GALNERYUS​や​DELUHI​等で活躍したLedaも、友人がX JAPANとLUNA SEAの曲を聴かせてくれなければ、音楽に興味を持つことすらなかったと述べており、X JAPANは彼にとっての「バイブル」だと打ち明けている​[96]​。​マーティ・フリードマン​はX JAPANを、ヴィジュアル系シーンでもっともビッグなバンドで「音楽的にも群を抜いて多才だ」と評価しており、X JAPANを聴いたことで日本のロックにはまっていったと証言している​[97]​。 2010年以降にデビューしたメタルダンスユニットの​BABYMETAL​にも大きな影響を与えており、彼女たちの楽曲やステージパフォーマンスにもX JAPANのオマージュが散見されており、YOSHIKI自身が言及したこともあった​[98]​
メンバー
名前生年月日/没年月日活動期間担当楽器[注 4]所属バンドの変遷
YOSHIKI
ヨシキ
Leader
1965年11月20日1982-1997/09/22, 2007/10/22-Drums & PianoKeyboard) & ChantDYNAMITE(Dr.Vo.) → NOISE → X → X JAPAN・Violet UK
Toshl
トシ
1965年10月10日1982-1997/04/20, 2007/10/22-VocalDYNAMITE(Gu.) → NOISE → X → X JAPAN
HIDE
ヒデ
1964年12月13日 - 1998年5月2日1987-1997/09/22, 2007/10/22-Guitar (​ステージ上手​側、音源では基本的に右チャンネル) & ChorusSAVER TIGER ⇒ X → X JAPAN
PATA
パタ
1965年11月4日1987-1997/09/22, 2007/10/22-Guitar (ステージ下手側、音源では基本的に左チャンネル) & Chorusブラックローズ ⇒ ジュディ ⇒ X → X JAPAN
HEATH
ヒース
1968年1月22日1992-1997/09/22, 2007/10/22-Bass & Chorusパラノイア ⇒ カオスモード ⇒ ビート・スィート(Vo.
⇒ スィート・デス ⇒ media youth ⇒ マジスティック・イザベル ⇒ X JAPAN
SUGIZO
スギゾー
1969年7月8日2009/5/1-Guitar (ステージ上手側、主にリードギター) & Violin & Chorusピノキオ ⇒ カシミール ⇒ LUNACY → LUNA SEA
THE FLARE ⇒ X JAPAN・LUNA SEA・Violet UK
TAIJI
タイジ
1966年7月12日 - 2011年7月17日1985, 1986-1992/01/07, 2010/08/14,15-Bass & Chorusトラッシュ(Gu) ⇒ ディメンシア(:Ray) ⇒ プローラー ⇒ X ⇒ ファティマ ⇒ デッド・ワイヤー ⇒ X
主な経歴、単体の活動などは本人の項目を参照
旧メンバー
サポートメンバー
大魔神五人組
大魔神五人組(だいまじんごにんぐみ)とはバンド名がXだったころに、主にライブでファンサービスとして行われていたXのパートチェンジバンドである。 全員の担当パートが変わっている。最後の演奏となったライブ、『破滅に向かって』でもYOSHIKIはギター担当になっているが、ギターを抱えてステージを走り回っているだけで、実質的にこの時のギターはTAIJI一人だけであった。
時系列
ディスコグラフィ
詳細は「X JAPANの作品」を参照
シングル
スタジオ・アルバム
ライブ・コンサート
形態タイトル公演規模・会場
1982年文化祭千葉県立安房高等学校​文化祭LIVE6月 千葉県立安房高等学校
1983年文化祭千葉県立安房高等学校文化祭LIVE6月25日 千葉県立安房高等学校(新)体育館
コンサート活動LIVE千葉県内
1984年ライブイベントLIVE東京都内
ライブイベント5TH JAPAN HEAVY METAL FANTASY5月27日 大阪野外音楽堂
1985年ライブイベントLIVE
5会場全8公演
2月25日 神楽坂EXPLOSION
3月24日 新宿HEAD POWER
5月20日 渋谷屋根裏
6月11日 目黒鹿鳴館[注 5]
6月17日 四谷FOUR VALLEY
6月20日 渋谷屋根裏[注 6]
6月26日 神楽坂EXPLOSION
6月29日 神楽坂EXPLOSION
ライブイベントTERRY&EDDIE LAST GIG [注 7]10月4日 神楽坂EXPLOSION
YOSHIKI BIRTHDAY GIG11月20日 目黒鹿鳴館
LIVE [注 8]12月3日 目黒鹿鳴館
1986年ライブイベントLIVE
4会場全4公演
1月10日 四谷FOUR VALLEY[注 9]
1月31日 神楽坂EXPLOSION
4月2日 渋谷LA-MAMA
4月6日 千葉TADAYA
単発コンサート「ORGASM」発売記念GIG
2会場全2公演
4月10日 横浜7TH AVENUE
4月12日 浦和NARCISS
コンサートツアー関西TOUR
6会場全6公演
5月13日 大阪BAHAMA
5月14日 枚方ブロウダウン
5月15日 大阪CANDY HALL
5月17日 大阪YANTA鹿鳴館
5月18日 大阪堺JURI
5月19日 東大阪CENSUS HALL
ライブイベントLIVE6月5日 渋谷LA-MAMA
6月8日 国分寺MORGANA[注 10]
6月19日 目黒鹿鳴館
6月20日 浦和NARCISS
7月25日 神楽坂EXPLOSION
7月30日 筑波29BAR
8月2日 大阪布施CENSUS HALL
8月10日 松戸STAGE V
8月14日 目黒鹿鳴館
8月16日 函館あうん堂
8月18日 札幌STUDIO MESSE
8月20日 旭川STUDIO 9
8月23日 夕焼けまつり
9月5日 浦和NARCISS
9月9日 渋谷LA-MAMA
9月20日 浦和市民会館
10月6日 大阪布施CENCUS HALL
10月8日 大阪CANDY HALL
10月25日 目黒鹿鳴館[注 11]
11月6日 大阪SENCUS HALL
11月12日 目黒LIVE STATION
ライブイベント爆発寸前大暴れGIG [注 12]11月16日 目黒鹿鳴館
ライブイベントLIVE11月24日 大宮FREAKS
12月29日 大阪CANDY HALL
ライブイベントALL NIGHT GIG「SUPER-METAL REVOLUTION VOL.2-ROCK THROUGH THE NIGHT-」[注 13]12月30日 大阪CANDY HALL
1987年ライブイベント爆発寸前撮影GIG[注 14]4月10日 神楽坂EXPLOSION
ライブイベント「SKULL THRASH ZONE」発売記念GIG
2会場全2公演
4月14日 豊島公会堂
5月17日 名古屋FLEX HALL
コンテストINTERNATIONAL POPULAR MUSIC FESTIVAL BAND EXPLOSION '876月7日 館山商工会館
単発コンサートONEMAN GIG7月25日 目黒LIVE STATION
単発コンサートXclamation無料配布GIG
2会場全2公演
8月6日 大阪BOURBON HOUSE
8月29日 目黒鹿鳴館
ライブイベントROCK MONSTER AUGUST8月30日 スポーツバレー京都
コンサートツアー1987 WINTER TOUR
5会場全6公演
11月23日、24日 目黒鹿鳴館
11月29日 大阪BOURBON HOUSE
11月30日 神戸CHICKEN GEORGE
12月2日 京都VIVRE HALL
12月3日 豊橋かごやホール
コンテストCBS/SONY AUDITION '87 決戦大会12月26日
ライブイベントHEAVY METAL DAYS EXTRA12月23日 埼玉会館大ホール
ライブイベントDAYNAMITE YEAR END PARTY12月29日 目黒LIVE STATION
ライブイベントALL NIGHT METAL PARTY '87 to '8812月31日 目黒鹿鳴館
1988年
ライブイベントMETAL INDIES 21月10日 中野公会堂
コンサートツアーVANISHING TOUR '88 SPRING
7会場全7公演
3月22日 豊橋かごやホール
3月24日 広島WOODY STREET
3月26日 神戸FISHDANCE HALL
3月28日 京都BIG BANG
3月30日 大宮FREAKS'
4月2日 前橋RATTAN
4月3日 新宿SF LIVE THEATER
コンサートツアーVANISHING TOUR SPECIAL
2会場全2公演
5月5日 東京中野公会堂
6月10日 大阪御堂会館
コンサートツアーVANISHING TOUR VOL.2
19会場全23公演
6月2日、3日 目黒鹿鳴館
6月6日、7日 渋谷EGG-MAN
6月13日、14日 広島WOODY STREET
6月16日 小倉IN & OUT
6月17日 福岡徒楽夢Be-1
6月19日 松山CRAZY HORSE
6月29日 前橋RATTAN
7月1日 横浜 7th AVENUE
7月2日 大宮FREAKS'
7月4日 名古屋FLEX HALL
7月5日 豊橋かごやホール
7月7日 沼津松乃ホール
7月16日 金沢VANVAN V4
7月17日 新潟WOODY
7月19日 仙台FORUS MORNINGMOON STUDIO
7月20日 青森FREE SPACE 1/3
7月22日、23日 札幌MESSE HALL
7月25日 旭川STUDIO9マチイホール
7月26日 北見夕焼けまつり
ライブイベントHEAVY METAL DAYS VOL.78月27日 埼玉会館
単発コンサートX at SPORTS VALLEY KYOTO9月4日 スポーツバレー京都
ライブイベント第1回 EXTASY SUMMIT9月30日 大阪BOURBON HOUSE
コンサートツアーBURN OUT TOUR '88 OCT.
9会場全12公演
10月8日 大宮FREAKS'
10月9日 豊橋かごやホール
10月11日、12日 大阪BOURBON HAUSE
10月14日 福岡徒楽夢Be-1
10月18日 名古屋ハートランドスタジオ
10月20日 仙台CAD HALL
10月22日 秋田FORUS MORNINGMOON STUDIO
10月23日、24日、25日 札幌MESSE HALL
10月30日 川崎CLUB CITTA'
フィルムギグVIDEO CONCERT
2会場全2公演
10月15日 熊本YELLOW STUDIO
10月16日 広島並木PARAIST
ライブイベントEXTASY SUMMIT11月6日 目黒鹿鳴館
ライブイベントSTREET FIGHTING MEN11月12日 MZA有明
ライブイベントALL NIGHT METAL PARTY '88 to '8912月31日 目黒鹿鳴館
1989年コンサートツアーBLUE BLOOD TOUR
14会場全14公演
3月13日 群馬県民会館小ホール
3月16日 渋谷公会堂
4月22日 川崎CLUB CITTA'
4月25日 大阪厚生年金会館中ホール
4月26日 広島県民文化センター
4月28日 熊本郵便貯金会館
4月29日 福岡都久志会館
5月6日 イズミティ21小ホール
5月8日 札幌道新ホール
5月10日 青森市民文化ホール
6月3日 長野NBSホール
6月7日 金沢教育会館
6月10日 日比谷野外音楽堂
6月13日 新潟市音楽文化会館
ライブイベントMM CLUB3月17日 渋谷公会堂
ライブイベントTHE 4TH FLOWER FESTIVAL X COMIN HOME.帰って行くぜ!気合いを入れて待ってろよ!3月25日 館山FAMILY PARK
ライブイベントCLUB WONDERLAND3月29日 INK STICK芝浦Factory
ライブイベント5時SAT ROCK WAVE '894月30日 ナガシマスパーランド
ジャンボ海水プール特設ステージ
ライブイベントEXTASY SUMMIT VOL.II5月2日 目黒鹿鳴館
コンサートツアーBLUE BLOOD TOUR SPECIAL BIG GIG
2会場全2公演
6月5日 愛知県勤労会館
6月6日 大阪厚生年金会館中ホール
ライブイベントHEAVY METAL DAYS VOL.87月22日 埼玉会館 (シークレットゲスト)
ライブイベントJR東日本 POP ROCKETS '897月30日 湯沢町中央公園野球場
ライブイベントKirin Sound Together POP. HILL '898月12日 石川県森林公園
ライブイベントTHE ROCK KIDS '898月19日 富士急ハイランド・コニファーフォレスト
ライブイベントRock'n roll Olympic'898月20日 スポーツランドSUGO
シークレットライブSECRET GIG 大魔神五人組8月28日 大阪a.m.HALL
ライブイベントEXTASY SUMMIT in ClubHouse8月29日 目黒鹿鳴館
単発コンサートROCK MONSTER "X" SPECIAL9月17日 スポーツバレー京都
ライブイベントEXTASY SUMMIT SPECIAL 〜場外乱闘篇〜9月28日 渋谷公会堂
ライブイベントENFENT TERRIBLE 〜怖るべき子供達〜[注 15]12月3日 品川寺田倉庫F号
ライブイベントEXTASY SUMMIT12月30日 目黒鹿鳴館
1989年
1990年
コンサートツアーRose & Blood Tour
31会場全35公演
9月29日 浦和市民文化センター
10月1日 仙台電力ホール
10月2日 盛岡教育会館
10月4日 山形県県民会館
10月5日 秋田県児童会館
10月10日 大阪厚生年金会館
10月12日 川崎産業文化会館(現在の名称「​川崎市教育文化会館​」)
10月14日 栃木会館大ホール
10月19日 岡山市民文化ホール
10月21日 神戸文化大ホール
10月26日 熊本郵便貯金ホール
10月27日 長崎市平和会館
10月30日 福岡ももちパレス
(YOSHIKI体調不良により延期)
10月31日 広島郵便貯金会館ホール
11月2日 愛媛県民文化会館サブホール
11月5日 名古屋市公会堂
11月7日 群馬音楽センター
11月8日 水戸市民会館
(ドラムソロ直前にYOSHIKIが倒れ中断、振替)
11月11日 長野県民文化会館中ホール
11月13日 富山県民会館
11月14日 福井県民会館(延期)
11月16日 静岡市民文化会館(延期)
11月22日 渋谷公会堂
(YOSHIKIの過労性神経循環無力症で以下ツアー延期決定。)
11月23日 渋谷公会堂
11月25日 青森市文化会館
11月27日 札幌市民会館
11月29日 郡山市民文化センター
12月21日 名古屋市公会堂
12月22日 石川厚生年金会館
12月24日 新潟産業センター
12月26日、27日 渋谷公会堂

1990年
2月4日 日本武道館(復活公演)
3月6日 渋谷公会堂
3月9日 名古屋市公会堂
3月15日 静岡県民文化会館
3月19日 水戸市民会館
3月23日 郡山市民文化センター
3月28日 新潟産業文化センター
4月2日 福井市文化会館
4月4日 石川厚生年金会館
4月9日 札幌市民文化会館
4月11日 青森市文化会館
4月17日 福岡ももちパレス
4月20日 福岡市民会館
5月7日、9日 日本武道館(12月26日、27日の振替)
TOUR FINAL
5月17日 大阪城ホール
1990年ライブイベント5時SAT ROCK WAVE '904月29日 名古屋庄内緑地公園陸上競技場
単発コンサートLIVE TOMATO
1会場全2公演
4月22日 川崎CLUB CITTA'
5月30日 川崎CLUB CITTA'
フィルムギグ1990 X FILM GIGS 〜血と薔薇にまみれて〜
1会場全2公演
12月8日、9日 東京ベイNKホール
入場者全員に​クロマツ​の種入りMESSAGE CD(黒缶)配布。
1991年フィルムギグツアーX FILM GIGS 〜血と薔薇にまみれて〜
37会場全39公演
2月2日 青森市民文化会館
2月3日 岩手教育会館
2月4日 秋田産業会館
2月7日 浦和市文化センター
2月10日 長野市民会館
2月11日 松本社会文化会館
2月12日 山梨県民会館
2月15日 福島市公会堂
2月16日 仙台イズミティ21
2月17日 栃木会館
2月18日 水戸市民会館
2月20日 宮崎MRTホール
2月21日 鹿児島市民文化会館
2月22日 長崎市民会館
2月23日 大分農業会館
2月25日 メルパルクホール熊本
2月26日 メルパルクホール福岡
3月1日 新潟県民会館
3月2日 富山県民会館
3月3日 石川厚生年金会館
3月5日 福井市文化会館
3月7日 高松市民会館
3月8日 愛媛県民文化会館
3月10日 高知RKCホール
3月11日 徳島県郷土文化会館
3月13日 京都会館第2ホール
3月14日 神戸国際会館
3月15日 静岡市民文化会館
3月18日 札幌市民会館
3月19日 旭川市公会堂
3月20日 北見経済センター
3月22日 大阪厚生年金会館
3月23日 名古屋市公会堂
3月25日 徳山市民文化会館
3月26日 岡山市民文化会館
3月28日 広島メルパルクホール
4月6日 川崎CLUB CITTA' (3回公演)
入場者全員に​キタヤマスギ​の種入りMESSAGE CD(赤缶)配布。
ライブイベントJT SUPER SOUND '91 Have a Joyful Time7月31日 鬼首高原 仙台リゾートパーク・オニコウベ
コンサートツアーCUP NOODLE 20th ANNIVERSARY HOT GIGS
Violence In Jealousy Tour 1991 〜夢の中にだけ生きて〜
9会場全16公演
8月6日、8日 新潟市産業振興センター
8月15日、16日 福岡国際センター
8月23日 東京ドーム
9月8日、9日 名古屋市総合体育館レインボーホール
9月14日、15日 大阪城ホール
9月24日 広島サンプラザ
9月28日 真駒内アイスアリーナ
10月5日 盛岡市アイスアリーナ
10月24日、25日 横浜アリーナ[注 16]
11月12日、13日 横浜アリーナ
単発コンサートX PRODUCE 〜何が起こるか分からない。Xがパワステを借り切った!
1会場全3公演
10月17日 「Xと仲間達」 日清パワーステーション
10月18日 「静かなX」 日清パワーステーション
10月19日 「変なX」 日清パワーステーション
ライブイベントEXTASY SUMMIT 1991 “無敵と書いてエクスタシーと読む。無謀と書いてYOSHIKIと読む。”10月29日 日本武道館
シークレットライブSECRET GIG11月17日 渋谷EGG-MAN
単発コンサートX, 遂にフル・オーケストラと共演 X with オーケストラ12月8日 NHKホール
ツアーファイナルこれで最後か!? Violence In Jealousy Tour 1991 Final FILM GIG SPECIAL12月20日 日本武道館
ライブイベントALL NIGHT METAL PARTY '91 to '9212月31日 目黒鹿鳴館
1992年単発コンサート東京ドーム3DAYS 〜破滅に向かって〜
1会場全3公演
1月5日 東京ドーム
1月6日 東京ドーム
1月7日 東京ドーム
トークライブFool's MATE&Rockin On Japan Presents
YOSHIKI TALK LIVEat 日本武道館
7月30日 日本武道館
ライブイベントEXTASY FAN CLUB 無敵 PRESENTS EXTASY SUMMIT 1992
みんな無名だった、だけど…無敵だった
2会場全2公演
10月29日 大阪城ホール
10月31日 日本武道館
1993年フィルムギグツアーLAWSON PRESENTS X JAPAN FILM GIGS 1993 〜VISUAL SHOCK 攻撃再開〜
全47公演
7月1日 調布市グリーンホール
7月2日 千葉県文化会館大ホール
7月5日 山梨県立県民文化ホール​小ホール
7月6日 長野県県民文化会館​中ホール
7月7日 長野県松本文化会館​中ホール
7月9日 高松市民会館
7月10日 愛媛県県民文化会館​サブホール
7月12日 鹿児島谷山サザンホール
7月13日 福岡電気ホール
7月14日 長崎平和会館
7月16日 熊本県立劇場演劇ホール
7月17日 大分県農業会館
7月19日 広島​アステールプラザ​大ホール
7月21日 和歌山市民会館
7月23日 山形県県民会館
7月24日 新潟フェイズ
7月25日 新潟フェイズ
7月27日 埼玉会館大ホール
7月28日 豊橋勤労福祉会館
7月29日 名古屋市民会館
7月30日 福井県民会館
8月2日 金沢市文化ホール
8月3日 富山県教育会館
8月5日 市川市文化会館
8月6日 栃木県総合文化センター
8月7日 神奈川県民ホール
8月8日 厚木市文化会館
8月10日 静岡市民文化会館
8月11日 浜松市民会館
8月12日 京都会館第二ホール
8月13日 奈良県文化会館
8月14日 岡崎市文化ホール
8月16日 渋谷公会堂
8月20日 青森市民文化ホール
8月21日 盛岡劇場
8月22日 秋田県児童会館
8月23日 弘前文化センター
8月25日 札幌市民会館
8月27日 郡山市民文化センター
8月28日 仙台イズミティ21
8月30日 横須賀市文化会館
8月31日 水戸市民会館
9月3日 群馬音楽センター
9月6日 神戸国際会館
9月7日 大阪サンケイホール
9月8日 大阪サンケイホール
9月10日 四日市市文化会館
フィルムギグツアーLAWSON SPECIAL X JAPAN FILM GIGS 〜VISUAL SHOCK 攻撃再開〜
7会場全7公演
9月24日 福岡サンパレス
9月28日 仙台サンプラザ
10月1日 名古屋市総合体育館レインボーホール
10月4日 広島アステールプラザ
10月12日 大阪城ホール
10月14日 日本武道館
10月19日 札幌市民会館
ライブイベントMUSIC STATION Special SUPER LIVE9312月24日 東京ベイNKホール
単発コンサート新型エックス第1弾 日本直撃カウントダウン X JAPAN RETURNS
1会場全2公演
12月30日、31日 東京ドーム
1994年ライブイベントGME '94 〜21世紀への音楽遺産をめざして〜 AONIYOSHI
1会場全3公演中2公演
5月21日、22日 東大寺大仏殿前庭
ライブイベントAct Against AIDS '9412月1日 恵比寿ザ・ガーデンホール
ライブイベントMUSIC STATION Special SUPER LIVE94(中継参加)12月30日 東京ベイNKホール
単発コンサートSEGA SATURN PRESENTS
X JAPAN TOKYO DOME 2DAYS 青い夜/白い夜
1会場全2公演
12月30日 「青い夜」 東京ドーム
12月31日 「白い夜」 東京ドーム
1995年単発コンサートX JAPAN PRESENTS KOBE RETURNS12月24日 大阪城ホール
ライブイベントMUSIC STATION Special SUPER LIVE9512月29日 東京ベイNKホール
1995年
1996年
コンサートツアーDAHLIA TOUR 1995-1996
7会場全11公演
11月29日 山形市総合スポーツセンター
12月3日、4日 月寒グリーンドーム
12月20日、21日 仙台市体育館
12月30日、31日 東京ドーム

1996年
1月14日 福岡ドーム(延期)
1月31日 広島グリーンアリーナ
2月7日、8日 新潟市産業振興センター
2月23日、24日 大阪城ホール
3月13日 名古屋市総合体育館レインボーホール
(YOSHIKIが頸椎椎間板ヘルニアを発症、以降のツアー中止。)
3月14日​名古屋レインボーホール
3月23日 福岡ドーム
3月27日、28日、30日 横浜アリーナ
1996年記念イベント「Forever Love」発売記念七夕イベント7月7日 原宿
収録観覧「HEY!HEY!HEY!」公開収録12月14日 レモンスタジオ
ライブイベントAsia Live Super Concert Asian Dream12月16日 NHKホール
ライブイベントMUSIC STATION Special SUPER LIVE9612月27日 東京ベイNKホール
ツアーファイナルDAHLIA TOUR FINAL 1996 TOKYO DOME 2DAYS
1会場全2公演
12月30日 「復活の夜」 東京ドーム
12月31日 「無謀な夜」 東京ドーム
1997年ライブイベントMUSIC STATION Special SUPER LIVE9712月26日 東京ベイNKホール
解散コンサートTHE LAST LIVE〜最後の夜〜12月31日 東京ドーム
1998年レクレイム故 hide儀 告別式5月7日 築地本願寺
1999年ライブイベントEXTASY RECORD新年会2月4日 川崎CLUB CITTA'
2000年ライブイベントEXTASY NIGHT VOL 111月16日 渋谷ON AIR EAST
2002年ライブイベントEXTASY NIGHT VOL 21月28日 原宿ASTRO HALL
フィルムギグX JAPAN FILM GIG 〜X JAPANの軌跡〜
11会場全12公演
1月13日 大宮ソニックシティ
1月14日 広島アステールプラザ
1月15日 福岡市民会館
1月16日 大阪厚生年金会館
1月18日 札幌市民会館
1月20日 仙台イズミティ21
1月22日 新潟テルサ
1月24日 名古屋市民会館
1月26日、27日 東京国際フォーラムホールA
2月3日 Cafe Le PSYENCE
2月23日
韓国 SEOUL'88 体育館
フィルムギグX JAPAN FILM GIG 〜X JAPANの軌跡〜 VERSION2
1会場全2公演
4月20日、21日 東京ベイNKホール
2003年フィルムギグX JAPAN FILM GIG '03 featuring ART OF LIFE9月21日 日本武道館
2007年公開撮影「I.V.」PV撮影10月22日 アクアシティお台場
2008年トークライブTALK LIVE1月20日 タワーレコード渋谷店
単発コンサートX JAPAN 攻撃再開 2008 I.V. 〜破滅に向かって〜
1会場全3公演
3月28日 「破壊の夜」 東京ドーム
3月29日 「無謀な夜」 東京ドーム
3月30日 「創造の夜」 東京ドーム
ライブイベントhide memorial summit5月4日 東京スタジアム​(味の素スタジアム)
ゲスト参加JAPAN EXPO 20087月5日
フランス ノールヴィルパント展示会場
シークレット
パーティー
YOSHIKI Jewelry Secret Party 200812月26日 東京都内
単発コンサートX JAPAN COUNTDOWN GIG 〜初心に帰って〜12月31日 赤坂BLITZ
2009年単発コンサートX JAPAN WORLD TOUR LIVE IN HONG KONG
1会場全2公演
破壊の夜 Extra
1月16日
香港 ASIA WORLD EXPO
破壊の夜 in HONG KONG
1月17日
香港 ASIA WORLD EXPO
ゲスト参加映画「レッド クリフⅡ」試写会4月5日 東京ビッグサイト
単発コンサートX JAPAN WORLD TOUR Live in TOKYO 〜攻撃続行中〜
1会場全2公演
5月2日 「無敵な夜」 東京ドーム
5月3日 「18回目の夜〜SPECIAL」 東京ドーム
単発コンサートX JAPAN WORLD TOUR Live in TAIPEI 「本当にやる夜」5月30日
中華民国 臺北縣立板橋體育場
フィルムギグX JAPAN FILM GIG 〜鈴鹿の夜〜8月22日 鈴鹿サーキット
ライブイベントヘルプ・アズ・ワン9月1日 アメリカ合衆国 ロサンゼルス
2010年公開撮影X JAPAN MUSIC VIDEO SHOOTING in Hollywood
4会場全7公演
ゲスト参加Toshl LAST CONCERT"武士JAPAN"2月24日 赤坂BLITZ
ライブイベントAnime in Chicago 20105月15日 アメリカ合衆国 シカゴ
単発コンサートTHE YOSHIKI FOUNDATION AMERICA KICKOFF PARTY7月1日 アメリカ合衆国 クラブノキア
ゲスト参加JAPAN EXPO 20107月4日
フランス ノールヴィルパント展示会場
試写会「FEVER X JAPAN」」プレミアム試打会7月28日 東京ドームプリズムホール
ロックフェスロラパルーザ 20108月8日 アメリカ合衆国 グラント・パーク
単発コンサートX JAPAN WORLD TOUR Live in YOKOHAMA 超強行突破 七転八起 〜世界に向かって〜
1会場全2公演
8月14日 「再会の夜」 横浜国際総合競技場​(日産スタジアム)
8月15日 「真夏の夜」 横浜国際総合競技場(日産スタジアム)
コンサートツアーX JAPAN WORLD TOUR Live 2010 North American Tour
7会場全7公演
2011年ライブイベントASIA GIRLS EXPLOSION3月6日 国立代々木競技場第一体育館
コンサートツアーX JAPAN WORLD TOUR Live 2011 European Tour
4会場全4公演
ロックフェスサマーソニック 2011
2会場全2公演
8月13日 舞洲サマーソニック大阪特設会場
8月14日 千葉マリンスタジアム​(QVCマリンフィールド)&​幕張メッセ
ライブイベント
a-nation 10th Anniversary for Life Charge & Go! ウイダーinゼリー
8月27日 東京スタジアム(味の素スタジアム)
コンサートツアーX JAPAN WORLD TOUR Live 2011 South American Tour
5会場全5公演
9月9日
 チリTeatro Caupolican
9月11日
ブラジル HSBC Brasil(現名・Tom Brasil
9月14日
アルゼンチン Teatro Colegiales(現名・Teatro Vorterix)
9月16日
ペルー Scencia Hall
9月18日 メキシコ Circo Volador
コンサートツアーX JAPAN WORLD TOUR Live 2011 Southeast Asian Tour
5会場全5公演
2013年トークライブX JAPAN×ニコ生SP~24 時間攻撃続行中~
YOSHIKI がニコファーレに降臨!!!
9月27日 ニコファーレ
9月28日 ニコファーレ
2014年ゲスト参加YOSHIKI CLASSICAL WORLD TOUR 2014 PART14月28日 アメリカ合衆国Davies Hall
ゲスト参加Otakon 20148月10日 アメリカ合衆国 ボルチモア
シークレットライブゲリラライブ8月17日 新宿ステーションスクエア
単発コンサートX JAPAN LIVE AT YOKOHAMA ARENA
1会場全2公演
9月30日 横浜アリーナ
10月1日 横浜アリーナ
単発コンサートX JAPAN LIVE AT MADISON SQUARE GARDEN10月11日 マディソン・スクエア・ガーデン
ライブイベントMUSIC STATION SUPER LIVE 201412月26日 幕張メッセ
2015年ロックフェスLUNATIC FEST.6月27日 幕張メッセ
ゲスト参加HYPER JAPAN Festival 20157月11日 イギリス Tobacco Dock
ライブイベント30年目突入!史上初の10時間SP MUSIC STATION ウルトラFES9月23日 テレビ朝日第1スタジオ
ライブイベントテレビ朝日ドリームフェスティバル201511月23日 国立代々木第一体育館
コンサートツアーX JAPAN JAPAN TOUR 2015
6会場全10公演
11月28日 石巻BLUE RESISTANCE
12月1日 横浜アリーナ
12月2日 横浜アリーナ
12月3日 横浜アリーナ
12月4日 横浜アリーナ
12月7日 大阪城ホール
12月9日 マリンメッセ福岡
12月11日 広島グリーンアリーナ
12月14日 名古屋市総合体育館​(日本ガイシホール)
12月15日 名古屋市総合体育館(日本ガイシホール)
ライブイベントMUSIC STATION SUPER LIVE 201512月25日 幕張メッセ
2016年ロックフェスVISUAL JAPAN SUMMIT 2016
1会場全3公演
10月14日 幕張メッセ
10月15日 幕張メッセ
10月16日 幕張メッセ
公開収録SONGS収録観覧12月3日 NHK101スタジオ
ライブイベントMUSIC STATION SUPER LIVE 201612月23日 幕張メッセ
2017年ゲスト参加WE ARE X ジャパンプレミア2月23日 TOHOシネマズ六本木ヒルズ
単発コンサートX JAPAN LIVE 2017 at the WEMBLEY Arena in LONDON3月4日 イギリス ウェンブリーアリーナ
コンサートツアーX JAPAN WORLD TOUR 2017 WE ARE X Acoustic Special Miracle〜奇跡の夜〜 6DAYS
2会場全6公演
7月11日 大阪城ホール
7月12日 大阪城ホール
7月14日 横浜アリーナ
7月15日 横浜アリーナ
7月16日 横浜アリーナ
7月17日 横浜アリーナ
トークライブツアー「WE ARE X」PREMIERE TOUR IN EUROPE 2017[注 17]
10会場全10公演
ライブイベントNHK WORLD presents SONGS OF TOKYO11月26日 NHKホール
ライブイベントMUSIC STATION SUPER LIVE 201712月22日 幕張メッセ
トークライブ一夜限りの『WE ARE X』’mas 上映会12月25日 TOHO シネマズ 六本木ヒルズ
2018年トークライブツアー「WE ARE X」PREMIERE TOUR IN RUSSIA 2018
2会場全2公演
単発コンサートXJAPAN復活10周年記念 XJAPANLIVE2018 アメリカフェス出演直前 PREMIUM GIGS 〜YOSHIKI復活の夜〜
1会場2公演
4月10日 Zepp Divercity
4月11日 Zepp Divercity
ロックフェスCoachella 2018
1会場6公演中2公演
ライブイベントテレビ朝日ドリームフェスティバル2018
1会場3公演中1公演
9月15日 幕張メッセ
単発コンサートX JAPAN Live 日本公演 2018
〜紅に染まった夜〜 Makuhari Messe 3Days
1会場全3公演
9月28日 幕張メッセ
9月29日 幕張メッセ
9月30日 幕張メッセ
(台風の為、中止。無観客公演でその模様をYOSHIKI CHANNELにて全編放送。)
タイアップ一覧
楽曲タイアップ
NTTドコモ『紅の空に』 篇 CMソング
ENDLESS RAIN映画「ZIPANG」主題歌
Jokerカネボウ「NFL」CF
Say Anythingテレビ朝日系ドラマ「​ララバイ刑事'91​」主題歌
TearsTBS系ドラマ「​憎しみに微笑んで​」主題歌
韓国映画「​僕の彼女を紹介します​(原題:내 여자 친구를 소개합니다,Windstruck)」挿入歌
Rusty Nail関西テレビ・フジテレビ系ドラマ「​君が見えない​」主題歌​[100]
スズキスイフト」CMソング
Xソニーカセットテープ「X」CF
Longing 〜跡切れたmelody〜MIZUNO​スポーツ用品(​イチロー​出演編)CF
Forever Loveアニメ映画「​X​」(​CLAMP​原作・​角川書店​)主題歌
自由民主党​国政選挙CF(​小泉純一郎​総裁出演)
CRUCIFY MY LOVE日本石油(現在の​JXTGエネルギー​)「ZOA」第1弾CF
テレビ朝日系列「​トゥナイト2​」エンディングテーマ
White Poem I日本石油「ZOA」第2弾CF
SCARSTBS系「​CDTV​」96年11月期オープニングテーマ
THE LAST SONG日本テレビ系「​知ってるつもり?!​」エンディングテーマ
I.V.映画「SAW4」全世界主題歌
Scarlet Love Songアニメ映画「​手塚治虫のブッダ -赤い砂漠よ!美しく-」主題歌
BORN TO BE FREE映画「​ラスト・ナイツ​」CMソング​[101]
SANKYO「FERVER X JAPAN」CMソング
Kiss the Sky楽天モバイル CMソング
La Venus映画「WE ARE X」テーマソング
出演
NHK紅白歌合戦出場歴
年度/放送回曲目
1991年​(平成3年)/​第42回Silent Jealousy
1992年​(平成4年)/​第43回2
1993年​(平成5年)/​第44回3Tears
1994年​(平成6年)/​第45回4Rusty Nail
1997年​(平成9年)/​第48回5Forever Love
2015年​(平成27年)/​第66回6紅白スペシャルメドレー 〜 We are X ! 〜 (Forever Love / BORN TO BE FREE)
2016年​(平成28年)/​第67回7
2017年​(平成29年)/​第68回8ENDLESS RAIN 2017 紅白スペシャル (ENDLESS RAIN / 紅)
脚注
[脚注の使い方]
注釈
  1. ^ 当時の表記は主にカタカナの「​エックス​」。1986年まで​X-RAY​というバンドが存在していたため混同を防ぐ目的で、あえてカタカナ表記にしていた。
  2. ^ 増田勇一によると、番組の担当者が​BURRN!​編集部に電話をかけ、電話に出た増田に「いちばん派手で過激な“ヘビメタ”バンドを紹介して欲しい」と伝えた為、XのYOSHIKIを勧めたとのことである​[15]​
  3. ^ 2009年4月20日時点のニュースでは実際に脱退報道がなされている​[32]​
  4. ^ カッコ内は別の担当または備考
  5. ^ VS TILT
  6. ^ VS ABUSE
  7. ^ TERRY、EDDIE脱退。TAIJI、HALLYが加入。しかし合宿中にHALLYが脱退。
  8. ^ このLIVE後、TAIJI、JUNが脱退。ZEN、HIKARUが加入。
  9. ^ ZEN脱退。JUN再加入。
  10. ^ VS MEPHISTOPHELES etc
  11. ^ JUN、HIKARU脱退。
  12. ^ TAIJI再加入。KERRYがサポートメンバー。
  13. ^ SATORU脱退。
  14. ^ PATA正式加入。
  15. ^ ドラムにサポートメンバー「X SPECIAL SESSION BAND」として参加。
  16. ^ 24日の公演でYOSHIKIが途中で倒れて延期に。
  17. ^ YOSHIKIのみ
出典
  1. ^ a b c d Leahey, Andrew. X Japan | Biography & History - オールミュージック. 2020年9月20日閲覧。
  2. ^ a b c d Childers, Chad (2015年8月11日). “X Japan Win Loudwire's Best Live Band Tournament”. Loudwire (Townsquare Media, Inc) 2021年7月10日閲覧。
  3. ^X JAPAN エックスジャパン”. 音楽ナタリー. 2018年10月12日​閲覧。
  4. ^​https://www.rollingstone.com/music/features/x-japans-incredible-ride-meet-rocks-most-flamboyant-survivors-20141010
  5. ^ 日本史上最高のトップポップアーティスト100のNo.40(HMV公式サイト, 2003年9月2日 (火)公開)
  6. ^ a b Kirsty Evans (2010年10月5日). “X Japan's Yoshiki on Touring the U.S., the Loss of Hide, and the Future of the Band”. SF Weekly. 2018年10月13日​閲覧。
  7. ^ 小松成美『YOSHIKI / 佳樹』(角川書店、2009年)p. 87
  8. ^ 『​ロッキンf​』2000年11月号 15p
  9. ^ 『​ロッキンf​』2000年11月号 16p
  10. ^ Ichikawa, Fujitani 2018, p. 360.
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外部リンク
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最終更新: 2021年10月12日 (火) 17:16
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