Britannica Japan
2006年版『ブリタニカ国際年鑑』「特別寄稿」
世界よ来たれ、友のもとへ
フランツ・ベッケンバウアー(2006FIFAワールドカップ組織委員会会長)

サッカーのワールドカップはスポーツの枠を越えた世界的な祭典となった。サッカーの歴史を築き上げてきた「皇帝」が語る、ドイツ大会への決意、サッカーを通じた国際平和、環境意識そして哲学。


 国際サッカー連盟(FIFA)ワールドカップ本大会を開催する機会に恵まれるということは、このうえなくすばらしく魅力的な贈り物といえる。したがって10年以上前、FIFAワールドカップ2006年大会招致委員会の委員長就任について打診を受けたとき、私は一瞬たりとて躊躇しなかった。その後2000年7月6日、スイスのチューリヒでFIFAのジョゼフ・ブラッター会長が理事会の投票結果を発表し、ドイツとドイツサッカー連盟(DFB)に2006年ワールドカップの開催が託されたときのことも忘れがたい。
 こうした経緯から、DFBの依頼でワールドカップ組織委員会の会長を引き受けたのは私にとって当然の責務のようなものだった。この負託にこたえるべく、以来5年余にわたり、私は役員の仲間とともに大きなやりがいを感じながら課題に取り組んでいる。なにしろ、世論調査によるとドイツ人の90%以上がドイツの立候補を支持し、2006年夏の開幕をいまや遅しと心待ちにしているのである。

 ドイツ大会が決まって
 私は選手として、そして監督として2度FIFAワールドカップで優勝トロフィーを手にする幸運に恵まれた。しかし個人的には、2006年大会を開催する側としてサッカー人生で得た世界中の友人とドイツで再会できることは、これまでをさらに上回る幸運であり名誉であると受け止めている。こうした理由もあり、大会の公式スローガン「世界よ来たれ、友のもとへ」には個人的に大きな共感を覚えている。
 さらに政治地図の大きな変化が、今回のワールドカップに特別な意味を与えている。「ヨーロッパの真ん中で会おう」。これが、招致キャンペーンのスローガンだった。そのヨーロッパとドイツは10年あまりの間に劇的な変化を遂げた。新しい国々が誕生し、ドイツでは平和的な革命の結果、1990年に東西再統一が実現したのである。
 1974年、DFBがワールドカップ本大会を初めて開催したとき、ライプチヒは当時分断されていたドイツの中でまだドイツ民主共和国(東ドイツ)に属していた。今回はそのライプチヒの新しいセントラルスタジアムで5試合が行なわれるが、このことはドイツ統一および平和的に推移したヨーロッパ政治情勢の変化をきわめて象徴的に表している。またライプチヒを2005年12月9日のワールドカップ組み合わせ抽選会開催地としたのは、この街と市民がドイツ統一を象徴する存在であることを意識しての選択である。世界の注目を集めるこの大型イベントを通じて、2006年大会の開催国が、国家分断の時代に旧西ドイツ地域で開催された1974年大会の開催国とは違うドイツであることを、開幕前からアピールしておきたかったのである。
 いまでは、かつて無数の人々の交流を阻んできた多くの国境が開放されている。したがって私たちは、統一ドイツで開催される国際スポーツ大会としては過去最大となる今回のワールドカップが、人々の交流の祭典ともなることを切に願い、これを大きな目標に掲げている。国内の主要な団体と連携し、平和を愛するヨーロッパの中心地として世界中のサポーターを心から歓迎すること、2006年ワールドカップが各国の人々の絆を深めるスポーツ大会となることを私たちは目指している。
 もちろんそのためにはまず、参加チーム32団体および国外からの100万人を含む300万人以上の観客のため、受け入れ態勢と試合について申し分ない条件を整えなければならない。この点、私たちの置かれた環境は非常に恵まれている。ドイツにおけるサッカーの絶大な人気は、広い裾野を誇る総勢630万人のDFB会員に支えられ、プロリーグのブンデスリーガでその頂点をきわめている。その観客動員数は、本大会終了時には1100万人をはるかに上回り、記録はさらに塗り替えられるものと見込まれている。
 移動時間の短い大会を実現するための完璧なインフラストラクチャーを整え、近隣諸国のサポーターが速く快適に到着できるよう配慮することや、試合前後の滞在のために魅力的な観光メニューを紹介することと並んで最も重要な条件は、魅力的な試合の舞台となる12のスタジアムである。スタジアムはすべて屋根を完備した観客席を備え、芝生の質、快適さ、セキュリティ、メディア技術の点でも最新の要求を満たしている。

 日韓大会に学ぶ
 2002年6月30日、横浜でのワールドカップ決勝戦試合終了のホイッスルは、私と組織委員会のスタッフにとって、2006年大会へ向けた本格的な出発の合図となった。もちろん、ドイツで2度目の開催となる世界サッカーの祭典へ向けた準備はかなり前から始まっていた。しかし、最終的に正しい方向へ舵を切るためには、日本と大韓民国(韓国)がワールドカップ本大会の開催で得た経験を見きわめこれを引き継いでいきたいという思いがあったのだ。
 横浜での決勝戦の夜以降、私たちはこなすべき課題がいかに困難であると同時にすばらしいものであるかということをはっきりと認識している。すでに1998年、隣国フランスは初めて32チームが参加しての本大会を運営するという課題をみごとにこなしたが、これに続き日韓両国も第17回ワールドカップで運営の水準をとてつもなく高く引き上げたのである。
 最高の快適さと完璧な技術水準を誇る真新しい各地のアリーナもさることながら、熱狂となごやかな空気で試合を包みこんだスタジアムの雰囲気もすばらしく、2002年大会ではこのことがワールドカップの歴史に残る成果となった。加えて、イベント会場に設置された大スクリーンに映し出される試合を数万人のサポーターがともに観戦するパブリック・ビューイングが日韓両国や世界各地で開催され、サッカー大会のテレビ中継に新たな境地を開いた。
 私たちは、アジアで初めて開催され、最高の成果を収めた2002年大会が、越えることはおろか到達さえ難しいような高い水準に達していたことを認識している。それだけに、日本のみなさまとも再会し、2002年の夏に日韓両国で体験したような祭典をともに祝えることをたいへん楽しみにしている。そうした機会に、2002年にこのすばらしい両国で体験させていただいた明るさとホスピタリティの「お返し」ができることを願っている。

 さまざまな試み
 ドイツは、すでに何ヵ月も前からワールドカップを待ち望む期待感に満ち、人々は胸を躍らせている。学校でワールドカップが大きく取り上げられたり、各地のサッカークラブでもワールドカップに向けた特別行事が行なわれたりしている。プロサッカークラブ全36団体が外国人スター選手らの協力を得て支援するキャンペーン「クラブ2006--クラブでのFIFAワールドカップ(Klub 2006--Die FIFA WM im Verein)」には、さまざまな分野のアマチュアクラブが4000団体以上も参加し、すでに現時点でDFB創設以来最大の成功といえる事業となっている。
 試合会場となる各都市や他の多くの市町村では、大規模な国際的イベントを企画しており、またすでに実施されたものもある。国際性こそ、2006年夏のサッカーの祭典を飾る野心的なサイドプログラムについて私たちが特に重視する点の一つなのだ。
 そのなかの一つ、たとえば小中高生が創造力を競い合うキャンペーン「集まれ才能2006--ぼくたちのFIFAワールドカップ(Talente 2006--Die FIFA WM in der Schule)」には、世界各大陸の約50ヵ国から1万をこえるグループの応募があった。国際的といえばドイツ連邦政府が3000万ユーロで支援する芸術文化プログラムも同様で、これはワールドカップに付随して行なわれる企画としては、最も大規模かつ野心的なものである。その一端をご紹介すると、ワールドカップ開幕までちょうど1年を控えた2005年6月9日、ミュンヘンのアリーナでの記念イベントで、オーストリア人のワールドカップ文化プログラム芸術監督のアンドレ・ヘラーは、各国のアーティストがワールドカップのため特別にデザインしたアートポスター14点を披露した。日本からは天明屋尚(てんみょうやひさし)がこの企画に参加した。これらのポスターは、さまざまな文化圏におけるサッカーにまつわるモチーフを扱っている。ヘラーは「ドイツの自己満足だけに終わらないなにかを提供し続けていきたい」と強調しており、これには私も100%同意見である。
 さらにワールドカップ本大会は、高水準の環境対策を考案し実行する機会でもある。ここでは「グリーンゴール」と称した取り組みにより、国連環境計画(UNEP)と連携し、2006年ワールドカップ大会が「気候ニュートラルな(地球温暖化に影響を与えない)」初の大規模なサッカー大会となることを目指していく。同時に、世界の注目がドイツに集まる2006年大会では、環境保護の面でも範を示していきたい。組織委員会は、二つの環境保護団体とともに水、ごみ、エネルギー、モビリティの4重点分野で具体的な目標を設定した。たとえば、大会期間中の水需要に占める雨水、表流水、地下水の利用率を2割に引き上げ、「モビリティ」分野では近距離交通における公共交通手段の利用率を5割以上とすることを目指している。
 しかしとりわけ重視しているのは、やはり気候ニュートラルな大会の実現である。つまり、大会開催によって追加的に発生する温室効果ガスの排出を、温暖化防止のための投資を別に行なうことで完全にプラスマイナスゼロとするのである。私は、世界を住みよくすることは、より平和な世界をつくるための最も重要な条件に数えられると信じている。

 ワールドカップの哲学
 「世界よ来たれ、友のもとへ」または「友をつくるとき」という2006年ワールドカップのスローガンは、私の人生哲学にほぼぴたりとあてはまる。私は1977年から4年間、選手としてアメリカのニューヨークで暮らす機会に恵まれ、新しい言語や人生観を学び、新たな友人知人を得て視野を広げることができた。あれ以来、ドイツ人でありつつも世界市民たることを目指してきた。また寛容、親切、国際性、平和を愛する心が、満たされた人生を送るためにいかに重要か、という意識をもつようになった。
 友人であるブラジルのペレなど多くの人々との対話を通じ、障害をもつ人、貧しい人、困っている人に手を差し伸べるにはさまざまな動機があることも知った。その重要な動機の一つには、みずからの健康と幸運に対する感謝の念があるのではないかと思う。私自身これを動機とし、20年前に現役を引退したときに財団を創設し、「自助努力を助ける」という財団目的を掲げ、私の名前で具体的な支援策を実施している(フランツ・ベッケンバウアー財団)。
 2006年ワールドカップ・ドイツ大会にイデオロギー性を持ち込むつもりはないが、この大会は私にとって、異文化間の交流が近年いかに進んだかを示すささやかな象徴であり、あかしである。21世紀初頭現在のドイツの人口は8300万人弱だが、うち700万人以上は世界各地出身の外国人で、平和に共存している。また平和的革命を経て、1990年のドイツ統一により、それまでまったく異なる二つの政治体制下で引き離されていた何百万人もの人々の統合が実現している。
 こうした背景もあり、サッカーはDFBの正式会員630万人の枠をこえ、ドイツの社会で最も幅広く親しまれる活動となった。クラブでは子供たちだけで150万人がプレーをし、サッカーの将来を築いている。彼らのおかげでサッカーが若い世代のスポーツとなっていることを、私はとてもうれしく思う。先入観をもたない率直な子供たち、青少年たちは、国際相互理解を進めるうえで最大の潜在力であり、スポーツが世界平和に果たしうる最大の貢献の担い手だからである。
 それだけに、2002年の日韓大会が人道目的を掲げた初めてのワールドカップとなり、「子供のための約束」というスローガンのもと、明確に「子供」という対象を設定したのはすばらしいことだった。FIFAはこのため、国連児童基金(UNICEF[ユニセフ])と協力して包括的な児童保護支援事業を実施した。この活動をアピールするため、日韓両国での試合に際してはユニセフのTシャツを着た子供たちが選手に付き添いピッチに入場したのである。
 2006年ドイツ大会が、ユニセフと「SOS子供の村」という二つの主要な児童支援組織をチャリティパートナーとし、支援事業活動の場を提供することとなったことを、私はうれしく思っている。「SOS子供の村」は前述した私の財団も支援している団体である。「2006年に六つの村を」--これが本大会におけるSOS子供の村との共同事業の標語であり目標でもある。SOS子供の村では、著名なサッカー選手が親善大使役を引き受け、孤児となったり頼る人がいなくなったりした世界各地の子供たちがSOS子供の村を通じて家族、施設その他の支援を得られるよう、長年にわたり協力している。「2006年に六つの村を」の事業は、7月9日ベルリンでの決勝戦終了のホイッスルが鳴るまでに六つの「子供の村」を新設できるだけの募金を集めようという構想なのである。
 連帯の精神に基づき、「もてる者」は手助けや支えが必要な者と分かち合うべきである--DFBの元会長であり現名誉会長であるエギディウス・ブラウンはこの観点からサッカーの社会的責任を繰り返し説き、みずから実践している。私も、サッカーやサッカー関連組織には、その影響力や地位に応じた社会的責任があると思っている。ブラウン名誉会長が言うように、サッカーとは「1対0」といった勝ち負け以上のものなのだ。サッカーとは、特に子供たちにとっては、輝かしい将来の夢の一部なのである。
 将来と自分の人生のために、子供は最も重要なサッカーの精神である、互いへの敬意を、寛容を、そしてフェアプレーを学ぶ。しかしこれは子供たちだけにとどまらない。私たちにとってサッカーは「よりすばらしい世界への入場券」なのである。これはジェームズ・ボンドなどで国際的に有名な俳優ロジャー・ムーアがユニセフ親善大使として最近語ったことばだが、的を射た表現であると思う。
 さてワールドカップの場合、この精神はサポーターにもあてはまる。2006年夏、サポーターたちは国際理解促進のため、とりわけ重要な役割を担う。私たちは日韓両国においてこれをみごとなかたちで体験した。色とりどりにペイントされた人々の顔、旗で埋めつくされたスタンド、そしてスタジアム内外で響く歌声は、明るさと色彩に満ち、軽やかで平和な独特の雰囲気をつくりだす。こうした雰囲気に包まれてこそ、ワールドカップは平和な交流のイベントとして忘れがたいものとなる。私たちとしては、社会的にも文化的にも幅広いサービスを提供することで、人々の絆を深めるようなサッカーの祭典実現のため、サポーターのみなさんがその不可欠な貢献を存分に果たせるようはかっていきたい。
 2006年夏、世界各地のサポーターと各大陸代表の31チームが、ドイツをわが家のように感じ過ごされることを私は願う。そして、この願いはかなうものと信じている。(石川桂子訳)




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