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【日本版コラム】SNS全盛の時代-アナログ伝達手段も忘れずに

金井啓子のメディア・ウオッチ

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 映画『ソーシャル・ネットワーク』を見た。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の米フェイスブックの創設者マーク・ザッカーバーグ氏を描いた話題の作品だ。

  まだ見ていない読者もいるだろうから、詳しくは書かない。ただ、いまや国境を越えて多くの人が使っているフェイスブックが、大学の寮の一室という小さな空 間でごくわずかな人たちによって誕生したことには感慨深さを感じた。また、多くの学生が就職の道を選ぶのではなく、起業することをごく普通に捉えているア メリカ社会のエネルギーにも圧倒された。

 私自身は大学を卒業後ずっと勤め人を続けているが、いま就職活動中の教え子たちのごくわずかで も、起業という選択肢もあると考えたら面白いのに、などと思ったりもした。もちろん、起業に関しては、日米で文化的な違いがあり、日本の学生が起業を考え ることはあまりないことも理解している。だが、就職内定率があまりに低いいま、そんな「脇道」を考える学生がもっと出てくれば、この閉塞感が多少は緩和さ れる気がする。

 さて、映画の感想はこれぐらいにして、このフェイスブックをはじめとして、ミニブログのツイッターや日本のSNSmixi といった交流サイトが花盛りだ。誰がどこにいても不特定多数の人々に対して情報発信ができるようになった。すべての人がマスメディアとまではいかなくて も、ミドルメディアに属しているとも言えるような力強い道具を手に入れた。この力強さは、おそらく人類史における火薬や印刷の発明に匹敵するほどのものだ と思う。

 SNSの力のほどは、イランの大統領選挙の結果に対する抗議行動への参加呼びかけで発揮され、注目を集めた。つい最近では、チュニジアやエジプトの反政府運動の原動力ともなっている。

 こうした新たな道具は、これからもっと進化するだろうし、それを生かす場面も民主化運動に限らずさまざまだろう。だが、こういったデジタルな道具に頼り過ぎることへの不安も少々感じる。

  エジプトで反政府デモの活発化に伴いインターネットが一時的に遮断されてしまった時に、その不安を強く感じた。つまり、いくらSNSがパワフルだといって も、国の支配者が意図的にインターネットを遮断してしまえば、民衆が情報を得られなくなる危険性がどこの国にもあることが示されたのだ。人為的なものだけ でなく、地震などの天災が遮断する可能性は十分にあるし、有事の際は、たぶんネットは使えないだろう。

今回のエジプトの場合は、グーグル が音声回線を使ってツイッターに投稿できるサービスを立ち上げたことなどで、国民の声は外の世界に伝わり続けた。このような技術革新は絶え間なく続くと信 じているし、そうあって欲しいと願ってもいる。ただ、その一方で、いざという時のために、昔ながらのアナログなコミュニケーション方法も残しておかねばな らないとも思う。

 話は少し飛ぶが、大学での私の講義にゲストとして来てくれた新聞記者が、伝書鳩の話に触れた。私が勤務していたロイターでは、創設当時の19世紀半ばに伝書鳩で情報を伝えた。20世紀になってからも報道機関は伝書鳩を活用し続けた。

 そんな話をしても、学生たちは「まさか鳩を使うなんて」と最初は冗談だと思ったようだ。やがてそれが本当だとわかると、かなり驚いたらしい。この記者は 他にも大切な話をたくさんしてくれたはずで、鳩はあくまでも余談だったのに、多くの学生が感想文の中で鳩のことを書くという結果になった。

 また、その記者が取材で撮った写真のフィルムを新聞社の暗室で現像した経験談も語った。すると、ある学生が「フィルムの現像はテレビドラマの中の話だけかと思っていた。本当にやったことがある人がいるとは思わなかった」という感想を漏らした。

  彼らが生まれる前、または幼い頃の古い話だから知らなくて当然かも知れない。しかし、自分の目の前にある道具、つまり携帯電話や電子メール、SNSを通じ てしか情報のやりとりができず、写真はデジカメや携帯電話でしか撮り方を知らないのでは、その道具を何らかの事情で奪われた時に非常に無力にならざるを得 ないのだ。

 しかも、ネットは便利な反面、意外と脆いものであるのはエジプトで証明されている。そんな時には、ビラや壁新聞、あるいは口伝えなどが有効だったりする。そのような原始的な方法も決して放棄すべきでないし、少なくともその知識は持っていなければならないと思う。

 何も最新技術を否定しろというのではない。デジタルなコミュニケーション方法を駆使しつつ、古くさいアナログな方法もきちんと失わずにいる。これこそが、いざという時に自らの力と自由を奪われないための最大の防御ではないだろうか。

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金井啓子(かない・けいこ)

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 Regis College(米国)と東京女子大学を卒業。ロイター通信(現トムソンロイター)に18年間勤務し、ロンドン、東京、大阪で記者、翻訳者、エディターと して英語・日本語記事を配信。2008年より近畿大学文芸学部准教授。英語やジャーナリズム関連の授業を担当。「ロイター発 世界は今日もヘンだっ た」(扶桑社)を特別監修。日本テレビ「世界一受けたい授業」、関西テレビ「スーパーニュースアンカー」への出演、新聞でのコラム執筆の経験を持つ。

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日本版コラム〔2月16日更新〕