伊波普猷の卒業論文の表紙
沖縄学の父と言われる伊波普猷が、1906(明治39)年に東京帝国大学文科大学(現東京大学)へ提出した卒業論文がこのほど、東京大学文学部の図書室で見つかった。これまで同論文の存在は知られていたが、現物が確認されたのは初めて。琉球大学法科大学院係長の伊佐眞一氏(58)(日本近代史研究)が発見した。伊波が唱えた「日琉同祖論」につながる論考をはじめ、後に伊波が沖縄学を体系化していく骨格部分が多数含まれている。今後「伊波の思想や人物像を研究する上で、必須の資料」(伊佐氏)となりそうだ。
学術雑誌「史学雑誌」(1906年8月10日発行)に、伊波の名前と卒業論文の表題が掲載されていることは昨年初め、早稲田大学講師の今井修特任教授により指摘されていた。だが、これまで現物は確認されていなかった。伊佐氏の調査で、東京大学文学部3号館内にある図書室に保管されていることが分かった。
見つかった伊波の卒業論文は「琉球語の音韻組織並(ならび)に名詞代名詞数詞係結(かかりむすび)に就(つ)いて」と毛筆でしたためられ、表題の左下に「文学科言語学 伊波普猷」と書かれている。全102ページ。「緒言」「音韻組織」「名詞及び代名詞」「数詞」「係結に就いて」の5章からなる。タイトルは言語研究でありながら、実際は「沖縄人とは何者か」という問いに答える内容になっている。琉球語の分析をはじめ、琉球文学、民俗学、人類学など幅広い視点から考察し、沖縄人は広い意味で日本人と根を同じくする民族であることを体系的に証明できると結論付けている。
伊波は卒業後、沖縄人は「大和民族の一支族」とする「日琉同祖論」を展開。琉球人意識から沖縄人、日本人意識に変わる基本的な論調をつくりあげた。
今回の発見について、日本近現代思想史が専門で『沖縄の淵 伊波普猷とその時代』の著者・鹿野政直早稲田大学名誉教授は「私自身も含め、伊波の卒論にこれまで誰も言及しなかった点で、今回の発見は伊波研究の不十分さも明らかにした。100年以上前の卒論の現物を発見したことは今後の伊波研究にとって実に画期的なことだ」と話し、今後の研究に大きな期待を寄せた。(高良由加利)
<用語>いは・ふゆう(1876〜1947年)
那覇市生まれ。京都の第三高等学校卒業後、東京帝国大学で橋本進吉、小倉進平、金田一京助らの学友と共に言語学を学ぶ。言語学、民俗学、文化人類学、歴史学など、多岐にわたる領域で沖縄を研究し「沖縄学の父」と呼ばれる。琉球と日本をつなぐ研究を行い、沖縄人のアイデンティティー形成を模索した。
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