企業の優位性を確立し競争力を高めるための取り組みとして、デジタルトランスフォーメーション(DX)が大きな注目を集めています。すでに本格的な取り組みを進めている企業も増えてきましたが、業務プロセスをただデジタル化すればいいわけではないだけに、思わぬ課題に直面しているケースも多いようです。

デジタルトランスフォーメーションを推進するうえでは、どのような点に気をつければいいのでしょうか。多くの企業が直面しがちな課題や、それを乗り越えるためのポイントをまとめました。

日本におけるDXの現状と課題

デジタルトランスフォーメーションとは、デジタル技術を活用して製品やサービス、ビジネスモデルを変革し、企業としての優位性を確立するための取り組みです。ただ業務プロセスをデジタル化するだけでなく、これまでになかった製品やサービス、ビジネスモデルを生み出したり、業務プロセスの再構築により生産コストの削減や生産性の向上につなげたりすることを目的としています。
近年は電子署名ツールやビデオ会議システムなどリモートワークを支援するツールや、業務効率化には欠かせないファイル共有システム、データを活用した営業支援ツールなど、ビジネスに欠かせないITツールも増えてきました。今後はこうしたツールをただ取り入れるだけでなく、これらを使いこなしたうえで、いかに企業に優位性をもたらすかという視点が重要になってくるでしょう。

しかし、デジタルトランスフォーメーションの重要性や注目度は年々高まっているものの、日本ではまだまだ製品やサービス、ビジネスモデルの変革にまで着手できているケースは少なく、本格的なデジタルトランスフォーメーションを実現できているのは一部の企業のみというのが実情です。
その理由について、2018年5月11日に経済産業省で開かれた「デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会」の議事要旨では以下のように指摘されています。

・IT資産が巨大化している今般、刷新する業務の大きさや方向性が分かっておらず、ユーザ側はベンダーに丸投げ状態。ベンダー側もそのまま要望を受けてしまうという構造に問題がある。
・日本において、ベンダー企業はユーザ企業のことを理解しているだろうと認識され、ベンダー責任になりやすい。
・責任は全てベンダー側にあると判断されるような状況下では、レガシー化しているシステムの刷新は、ベンダー側のリスクが高すぎて負いきれない。
・IT技術が陳腐化する中、日本の終身雇用制度と合わないため、人材育成・獲得が大きな課題となっている。

【出典】デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会(第1回)議事要旨 | 経済産業省 より引用(抜粋)

これを見ると、刷新するべきシステムは多いものの、ユーザー企業はそのメンテナンスや構築をベンダー側に丸投げしている状況が伺えます。また、ベンダー側もビジョンが示されていない状況で勝手にクライアント企業のシステムを刷新することは当然できないため抜本的な改善は難しいこと、また、企業内でIT技術に関する知識がある社員も少なく、こうした問題を解決するのが難しいことが指摘されています。


「レガシーシステム」が企業のデジタル化を阻害する

デジタルトランスフォーメーションの推進を阻害する、もうひとつの大きな原因として指摘されているのが「レガシーシステム」の存在です。 レガシーシステムとは簡単に言うと「ブラックボックス化している既存の基幹システム」を指す言葉ですが、より具体的な定義やその課題は、一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)・株式会社野村総合研究所が2019年4月に発表した報告書の中で説明されています。

1 技術面の老朽化
古い要素技術やパッケージでシステムが構成されており、H/W等が故障すると代替がきかない状況。または、古い要素技術に対応できる技術者の確保が難しい状況
2. システムの肥大化・複雑化
システムが複雑で機能の追加・変更が困難となり、現行業務の遂行や改善に支障がある状況。システム変更が難しく、外部に補完機能が増えたり、人が運用をカバーしなくてはいけない状況
3. ブラックボックス化
ドキュメントなどが整備されておらず、属人的な運用・保守状態にあり、障害が発生しても原因がすぐにわからない状況。または、再構築のために現行システムの仕様が再現できない状況

【出典】デジタル化の取り組みに関する調査‐デジタルビジネスに関する共同調査‐<デジタル化はどのように進展しているか?> | 一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)・株式会社野村総合研究所 より引用

古くから経営を続けている企業では、基幹システムの改修や増築を続けた結果、要素技術が古くなったり、肥大化・複雑化したりしているケースも少なくありません。また、こうしたシステムに対応できる技術者も確保できず、刷新するべきなのに誰も手を付けられず、ブラックボックス化してしまうのです。 同報告書では、このレガシーシステムがデジタル化の足かせになっていると感じる企業は全体の71%、またレガシーシステムからの脱却・更新の必要性を感じている企業は92%にのぼることが明らかになっており、多くの企業がレガシーシステムからの脱却を望んでいるものの、思うように課題を解決できない現状にあることがうかがえます。

レガシーシステムが招く「2025年の崖」問題

多くの人が脱却や更新の必要性を感じているレガシーシステム。しかし、どうしても複雑化や老朽化しやすい傾向にあり、またそれを改修する技術者の確保も難しいことから、手を付けられずにいる企業が多いのが現状です。しかし、このレガシーシステムをこのまま放置することは、経営上の大きなリスクにつながることが指摘されています。
このリスクを示すワードとして、近年注目を集めているのが「2025年の崖」です。これは経済産業省が2018年9月に発表した「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~ 」の中で言及されているリスクで、複雑化・老朽化・ブラックボックス化したレガシーシステムがこのまま残り続けた場合、近い将来に国際競争に遅れをとり、国内経済の停滞の原因になることを指摘したものです。
近年はとくにIT技術の進歩がめざましく、企業経営におけるデータ活用の重要性は誰もが認めるところです。しかし、このままブラックボックス化したシステムを使い続けていると、爆発的に増大するデータを活用できず、市場の変化に合わせてビジネスモデルを柔軟に変化させることが難しくなってしまいます。

また、年々増加するセキュリティ事故や災害によるシステムトラブルへの対応が遅れてしまえば、企業にとっては致命傷になりかねません。既存システムをこのまま使い続けることでこうしたリスクに対応することが難しくなり、結果としてデジタル競争の敗者になってしまうのです。 DXレポートでは、2025年には基幹システムのうち60%が21年以上稼働するレガシーシステムになると試算しており、このシステム刷新の波に乗り遅れた企業は、貴重な事業機会を失うことになると言及しています。その経済損失は2025〜2030年の間で最大12兆円ともいわれており、企業のDX推進は急務といえるのが現状です。

DXの成功に必要な5つの視点

デジタルトランスフォーメーションに取り組むうえで重要なポイントについて、アメリカの調査会社であるマッキンゼー・アンド・カンパニー社のレポートでは、以下のように述べられています。

  • デジタルについて知識のあるリーダーを各部署に配置する
  • 将来を見据え、組織力を強化している
  • 生産性向上を目的とした新しい働き方を導入している
  • 日々、デジタルツールのアップデートを行っている
  • 従来の仕組みと新しいデジタルの仕組みを融合させている

【参考】Unlocking success in digital transformations | McKINSEY & Company

繰り返しになりますが、デジタルトランスフォーメーションとはデジタル技術を活用して組織を変革し、これまでにない新しい価値を持った製品やサービス、ビジネスモデルを生み出すための取り組みです。当然ながら一朝一夕には実現するものではなく、中長期的な視野で少しずつ、戦略的な視点を持って業務プロセスや組織を改革していく必要があります。
デジタルトランスフォーメーションを実現するために重要なのは、新しいビジネスモデルを構築するというビジョンです。新しいデジタル技術をただ導入するだけでは、結局従来のレガシーシステムを肥大化させるだけの結果になりかねず、抜本的な刷新は望めません。業務プロセスのデジタル化と、それに合わせた組織体制や働き方を同時に整備していくことが求められているのです。

2025年の崖を乗り越えるためにはDXの推進が必須

デジタルトランスフォーメーションと一口にいっても、実現のためには非常に多岐にわたるタスクが含まれています。また、定義が明確でなく掴みどころがない概念のため、取り組みにくさを感じている方もいるかもしれません。
しかし「2025年の崖」を乗り越えて生き残るためには必須ともいえる取り組みで、放置してしまうと重大なリスクを抱えることになりかねません。変革のビジョンをしっかりと固め、社内の理解を得たうえでじっくりと取り組むことが重要です。


次のアクション